| 江戸日記より 第五話 道楽息子 発表日 2008/08/12 |
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クリスマスを実家で過ごそうと、早めに里帰りをしたが、幼なじみ達はまだ誰も帰郷しておらず、三日も過ごすとすることが無くなってしまった。
そこで、夏休みに発見した太助の日記を読み返そうと、蔵に入った。 蔵は、今でも日常的に使われ、人の出入りがあるので空気も適度に入れ替わり、厚い壁の土には乾燥剤の効果もあるのだろう、 収蔵品の保管環境は完璧だった。江戸時代に収蔵されたと思われる古い書画や書籍も傷むことなく保存されている。 日記は、大きな葛籠の中に、竹で編んだ大きさが手文庫の二倍ほどの籠に、和紙を何重にも重ねて貼り漆を塗って仕上げた箱に 納められていた。厚さが1センチ弱の和綴じ一冊がほぼ二ヶ月分である。十数年分は、六〇冊を越えるほどもあったので、 この漆塗りの箱は五個あった。 筆まめであった曾祖父の太助は、日記以外にもおびただしい数の書き物を残している。越後に住むようになってからの晩年に 書かれた手記や覚え書きなどの文字は、書体も定まり、読みやすい達筆であるのだが、江戸日記が書かれたのは、 太助が十三歳から二十歳を過ぎたばかりの若者だった頃である、しかも。一日の奉公が終わり、就寝する前の短い自由時間に 書かれたと思われることから、疲れ果ててもいただろう、中には、文字が乱れ読み難い物も有った。 日記の記述は、ごく短い覚え書きの日もあるが、半紙半裁を糸で綴じた紙面を数頁も使った日もあった。そんな一日分を読み、 その意味を正確に理解するには、三十分近くもかかってしまうことも有る。ほぼ毎日書いている日記十数年分を、 すべて読んで内容を理解するには、毎日読んでも一年くらいはかかるだろう。 始めは、太助が十三歳の春に、奉公に出たばかりの頃から順に読んでいたので、開けたのは最も古い箱だった。奉公の辛さを、 必死に堪えていたのだろうその記述を、熟読していると疲れてくる。気分転換にと、読むのではなく、他の箱も開けてざっと 見てみることにした。ほぼ、同じような日記が入っていたのだが、最後に開けた箱には、日記ではなく、手紙の束が入っていた。 養子に入り、越後に移り住んでからも、元の奉公先である天満屋の主人家族や同僚、江戸の友人と文通を続けていたのだろう、 手紙はそれらの返信が主だった。 時候の挨拶や、贈答のお礼などが主の内容のようだが、中には、分厚い長文の手紙もあった。 その中で、ひときわ目立つ厚い手紙を読んでみた。 どうやら、天満屋での同僚からの手紙のようだったが、手紙が書かれた頃には、天満屋の奉公人ではなく、一軒のお店の主人に なっている男だった。日付から推察すると、太助が越後に戻ってから十年近く経った頃に受け取った手紙のようだ。 気になったので、年代順に読もうと思っていた日記だが、太助が奉公を終える寸前、手代に昇進した二十歳頃からの日記をめくり、 関係の有りそうな記述を探してみた。 年が明けて二十歳になった太助は、手代(一人前として商いをする店員である。上司は番頭であり、小僧や使い走りの部下を持っている。 今で言うと、番頭が部長とすると、手代は課長くらいの中間管理職に相当するのだろう)に昇進し外出が自由になったことと、 天満屋の主人からも勧められ、時々近所の居酒屋に飲みに行くようになっていた。酒問屋の手代として働く太助である。 居酒屋に集まる男達と交流することは、酒飲みの気持ちを理解することになるし、その時期、どんな酒が好まれているかの傾向を 知ることも出来る。居酒屋で飲むことは、太助にとっては仕事の一部、市場調査だったのだ。 太助が飲みに行く居酒屋『ひさご』は、板前である中年の主人を、若い小僧が助けて料理を造っている。女将は、主人の妻が勤め、 近所の長屋から通いの娘二人が酒や料理を運び店を手伝っている。そんな小さな居酒屋ではあったが、主人の料理の腕が確かなのと、 女将の気さくな人柄、加えて、天満屋から仕入れている酒が、値段も安く品質が良いことから、毎日ほぼ満員の客で賑わっていた。 また、屋号の『ひさご』と言う名の通り、他の店では徳利で出す酒を、この店では『ひさご(瓢箪)』に入れて出していた。 徳利は、どうしても燗酒をと注文する客にだけ使っていた。ひさごでは燗できない。しかし、よほど寒い冬でもない限り、燗酒を 注文する客はいなかった。そもそも、安酒を誤魔化すための燗酒である。旨い酒は燗などする必要は無いのだ。 店で使うひさごは、上州出身の主人の実家近くの山で豊富に取れるのだそうだ。毎年、瓢箪が実る季節、里帰りを兼ねて実家に帰り、 主人自らひさごを造り持ち帰って使っていた。 店の間口は二間(約3.6メートル)、入ってすぐ奥行き一間(四畳ほど)の土間の奥が板敷きの入れ込みになっている。 客は板敷きに座り、盆に載せられ運ばれた酒や肴を前に飲むのだ。ただ、夏の暑い期間は、表の戸を開け放ち、土間と店の前の 道にまで縁台を出し、夕涼みがてらに飲ませることもしていた。縁台からは、大川で揚がる花火も見ることができた。 太助が、初めてその男と会ったのは、そろそろ、秋風が吹き出す、十月の終わり頃だった。 雪駄の裏底を鳴らし、表戸を荒々しく開けて入ってきた男は、すでにかなり酔っていた。 「おやじ。酒をくんねぇ」 土間に入るなり、戸も閉めないうちに怒鳴った。 「おやおや、お客さん。良いごきげんだねぇ。まあ、戸を閉めて、中にお入りよ」 どんな客にも、愛想良くふるまう女将が声をかけた。 「おう、そろそろ寒くなる頃だもんなぁ」 (態度は荒々しいが、悪い男ではないな) 太助は感じた。 太助は、調理場とは反対側、入れ込みのほぼ中央、壁に背を預けて座っていたが、男は、土間からすぐ上がったところ、調理場の前の 柱に寄りかかるように座り、運ばれてきた酒を、静かに飲んでいた。 次にその男に会った日は、店が混んでいて、太助も土間に近い所に座っていた。入ってきた男は、そこだけ空いていた太助の すぐ隣に座った。 着ている物は粗末だった。着物は、前身ごろが狭く、遊び人風の造りや柄ではあるが、彼らに特有な悪の陰は感じられなかった。 太助と同年配と思えるその若い男は、明らかにお店者ではなかったし、職人風でもない。行商人なのだろうかと、太助は思った。 ただ、太助が感心したのは、その男の酒の飲み方だった。 この店の客は、お店の奉公人が多く、まれには下級武士も来るが、もちろん、職人や大工、その日暮らしの行商人や、身体だけが 元手の手間賃稼ぎの貧しい庶民も来る。武士は別として、どちらかと言うと、あまり裕福ではない庶民が集まる店だったから、 飲み食いの行儀は良くはない。声高に話もすれば、箸で皿小鉢を叩いたりもする。それが元で喧嘩騒ぎも珍しくはなく、そのたび、 女将が、やさしい微笑みで仲裁に入るのだった。腹にはなにも無い、些細な喧嘩なので、たいていはそれで収まってしまうのだ。 (品の良い飲み方をするなぁ) 二度目に会った時の印象だった。 それから、数度顔を合わせた頃、同年配であることから、どちらからともなく、話をするようになった。 話してみると、太助と同じ年だった。名前は祐介、仕事は、太助が思った通り、行商人だった。扱っているのは塩、塩の振り売り だったのだ。 朝、親方の所に行き、塩と天秤棒や塩を入れる籠を借り受ける。一日町を売り歩き、夕方、売った分の塩の仕入代金と、 借りた商売道具の損料を払う。残った金がその日の稼ぎだ。元手はいらないが、儲けも少ない仕事だった。 「祐介さん。言っちゃあなんだが、行商人にしちゃあ、上品な飲み食いをするねぇ。育ちは良かったんじゃあないのかい」 あるとき、それまでずっと気になっていたことを聴いてみた。 「はは。解るかい。そう、実家はそこそこの大店だよ。でもさ、すっかりグレちまってねぇ、今では勘当の身、実家とは縁が切れた。 今はしがない振り売りに落ちぶれたってわけさ」 (勘当とは……) 太助は驚いた。勘当とは穏やかではない。勘当されるとは、家族の戸籍から抜かれてしまうことだったからだ。 昔はともかく、今では、連座の制度は廃止され、息子が犯罪を犯したとしても、それがそのまま親や家族にまで罪が及ぶことは 無くなってはいた。それでも、監督不十分としてお叱りを受けたり、犯した犯罪が重大ならば、財産を差し出さなければならない ことも有った。また、お店ならば、信用を失うこともある。そんな危険を回避するため、勘当の届けを町名主に申し出て戸籍を抜くのだ。 話をしてみると、祐介の実家も酒問屋だった。酒に関する知識は、天満屋でも充分に手代が勤まるほど持っている。 (もったいない、このまま振り売りをさせていたのでは) 太助は思った。 会うたび、仲良く話をするようになり、グレた理由も解ってきた。 「大店の跡取り息子だったなんて、すごいじゃないか。私なんてちっぽけな土地しか持たない百姓の三男坊だよ。半分口減らしで 奉公に出たようなものさ」 「でも、太助さんよぉ。酒問屋の仕事は好きなんだろう」 「うん。始めは、どこでも働ければいいって思ってた。奉公先が酒屋だったのはたまたまさ。でも、今では、酒を扱う仕事は私の 天職なのではと思うようになってるよ」 「それは良いことだよ。まあ、仕事だから、辛いことがあるのは仕方がないけど、それが楽しめるなんざぁ、言うことはないさ。 それでよぉ、酒を扱う仕事のどこが面白いんだい」 「そうさなぁ。まず、新酒が入ってくる時なんてわくわくするなぁ。今年の酒はどんな味に仕上がっているのだろうって想像するのは 楽しいよ。前の年の米の出来具合、仕込んだ後の天気の具合、味は微妙に変わるしね。入荷して、聞き酒したら、思っていた通りの 味だったりすると、ああ、この仕事で良かったなんて思うよ」 「ああ、俺にもそれは解る」 「祐介さんが実家で働いていたときはどうだったんだい。酒の商いは好きだったかい」 「まあなぁ。どっち買って言うと、好きだったよな」 「なにが楽しかったんだい」 「うん、うちは小売りもしてたんだけどさ。店の廻りにはその日暮らしの長屋が多くてね、なけなしの金を握ってきて、安くて旨い酒を 売ってくれ、銘柄は解らないから選んでくれなんて客さね。それでさ、できるだけ安く、それでいて旨い銘柄を選んでやったらさ、 次ぎに来たとき『小僧さん。こないだの酒は旨かったぜ。また同じのくれよ』なんて言われると、嬉しかったなぁ」 「祐介さんも酒商いが天職なんじゃないかい」 「かもしれねえが、今となっちゃもう戻れねえよ」 「勘当だもんなぁ。こんなこと、聴いちゃあ怒るかも知れないが、なんでまた、グレたんだい」 「怒りゃあしねえや。まあ、今考えてみりゃあ。子供っぽい理由だったんだけどな。俺には好きな女がいたのよ。店の女中でさ。 ちょっと年上だったけど、本気で好いていた」 「振られでもしたのかい」 「振られやしねえよ。もっと悪かった」 「悪かった……」 「手代に昇進したら、親父に話して嫁にしてもらおうと思ってたのさ。お弓にも。あ、女中の名前がお弓よ。お弓にもそれとなく 話してあったし、解ってくれていたと思ってたのよ。年が明けたら一九になる暮れによ。来年は手代にしてやると、親父に言われたのさ。 ようし、新年が来たら、親父に切り出すぞ、思っていたんだよ。そしたらさ、お袋が暮れに風邪を引いてさ、始めは大したことはないと 思ってたんだけどよ、年が明けてからこじれてしまってね。あっけなく行っちまったのさ。葬式だ初七日だと、慌ただしく過ぎてさぁ、 言い出すに言い出せずにいたら、とんでもないことが起こっちまったんだ」 「なんだい、とんでもないことって」 「それがさぁ。お袋の四十九日が済んだばかりの頃だってのによぉ。お店には内儀が必要だってね、親戚から言われたらしい。 後妻を迎える、それはそれで仕方が無いと思うけどさ、まさか親父がお弓を後妻するとは思っても見なかったのよ」 「好いた女が、親父さんの後妻さんに……」 「お弓のやつ、俺の気持ち知っているんだから、断ればいいんだよ。それが、すんなりと奥に入っちまった。若造の俺なんかより、 親父の方が頼もしく見えたんかも知んねえけどなぁ。俺は、お弓と親父を恨んだよ」 (なるほどなぁ。それがグレたわけだったのか。まあ、解らないでもないなぁ) 太助は思った。 太助がひさごに飲みに行くのは、天満屋主人からの薦めだったこともあり、十日に一回、毎月の四の日が定番だった。自然、弥助も、 太助と会いたくて4の日に来ることが多くなった。 外はすっかり冷たい風が吹く一二月の一四日、手に小袋を持って弥助が店に入ってきた。 「よお、太助さん今晩は。今日はやけに冷えるねぇ」 「今晩は、弥助さん。なんだい、手に持ってるのは」 「お、今、店の前で買ったんだよ」 弥助が差し出した袋の中には、長さが一寸(3センチ)太さが三分(1センチ)ほどの黒い固まりがたくさん入っていた。 「おや、かりん糖だね」 注文を取りに来た女将が、袋をのぞき込んで言った。 「おおそうさね、かりん糖よぉ。行商人はでっけえ提灯持っててさ、『深川名物かりん糖』て書いてあったぜ」 袋の中から一個をつまみ出し、口に入れた女将は、 「やっぱりねぇ。今風のかりん糖だねこれは」 「何です女将さん、今風ってのは」 太助は聞いた。 「あたしらの子供の頃のかりん糖はさ。こんな、うどん粉を揚げて味付けした菓子じゃあなくってさぁ。本当に、花梨の実をさ、 短冊に切ったのを、黒砂糖で煮て作った物だったんだよ。それがさあ、昨今はうどん粉になっちまったのさ。まあ、花梨の実は 季節のもんだから、いつでも作れるもんじゃあない。それじゃあ、商売にならないから、『もどき』を考えたってことなんだろうねぇ」 「そうなんですか。私は、このうどん粉のかりん糖しか知りませんよ。さすがに女将さんだ、昔のことをよく知ってる」 「おや、嫌のことを言うねぇ。私がまるで、お婆さんみたいじゃないかえ」 けらけらと笑いながら、女将は厨房へと注文を通しに戻って行った。 「ところで、気になってることがあるんだが、聞いてもいいかい」 太助は祐介に言った。 「なんだい。なにが聞きたいんだかわかれねえが、俺と太助さんの仲じゃあないか、なんでも聞きねえ」 「親父さんが、好いた女を後妻にしちまって、気が荒んだのは解った。それから、グレたってことも、それは、今でも続いているのかい」 「始めは、ただ、仕事をする気がなくなって、親父に楯突いていただけだったんだけど、たまたま、近所に住む幼なじみがいてさ、 遊び人だったんだよ。遊び方を教えてくれって頼んだら、喜んで付き合ってくれてさ、始めは店が終わってからの飲み歩きだったんだが、 店を休んで遊び歩くようになっちまった。博打場にも連れて行かれたよ、岡場所なんてもちろんさ」 なんと言っても、大店の息子だ、きっと、幼なじみの遊び人から、金づるにされたということだろうと、太助は思った。 突然身を持ち崩した一人息子に、主人である父親は驚き、親身になって意見もしたようだったが、その後ろに俯き従う、今は義母と なった彼女を見ると、祐介は素直になれなかったようだ。かえって意地になり、反抗し、行状が収まらないばかりではなく、いつしか、 父親に暴力を振るうようになっていたと言う。そしてついには、勘当されたのだった。 「今でも、博打場に行くのかい」 「いや、家を出て、しばらくは幼なじみの長屋に住んでいたんだ。その頃は行っていたけどさ、お富という俺の乳母が訪ねてきて、 遊び人と同居は良くないってんで、長屋を世話してくれた。そこで一人暮らしをしてみると、遊ぶ気にはならなくなったよ。 もともと、遊び好きじゃあ無いみたいだな、俺はさ」 「そして、塩売りを始めたのかい」 「そうよ。お富が、暮らしの分くらいの金なら融通すると言ってくれたんだがよ。それじゃあ、本当にダメ人間にならあな。 働くことにしたのよ」 「たいしたもんだね、弥助さん」 「それがさ、太助さんにだから白状するけどよ。塩売りだけでは、食うのがやっとさ。この店に来る金なんて稼げねえよ。 お富が時々金を届けてくれてるのさ。金の出所はお弓に決まってる。お富にはそんな金は無いからな。お弓は、親父から後妻にと 言われたのを断らなかったことで、俺に悪いことをしたと、感じているんじゃないかと思うよ。そんな金、断るのが男らしいとは 解ってるけどよ。お弓にたいするいまいましさも有ってさ、そのくらいするのが当然と受け取ってるのさ。良いこととは思わないけどね」 祐介は、立ち直ろうとしている。しかし、どうすれば立ち直れるのか、自分ではまだ解っていないのだろうと、太助は感じた。 年が明け、新年の慌ただしさも落ち着いた一月の末、店の仕事が長引き、ひさごへ行くのが遅くなった。 (祐介さんはもう来てるだろうな) 思いながら、小走りに店に向かっていた太助は、ひさごの店の前に、すっかり葉が落ちた柳の古木の陰に、大人二人の人影を目にした。 (こんな時分になんだろう。追いはぎってわけでもないだろうに) 近づくと、それは、まだ若さの残る商家の内儀風の女性と、小太りの中年を過ぎた女中と思われる女性だった。 (もしかすると) 思った太助は、二人に声を掛けた。 「もうし。ひさごに何かご用ですか」 後ろから近づいた太助だったから、声を掛けられびっくりした様子だった二人だが、店から漏れる灯りで太助の顔を見た内儀は、 「もしかすると、祐介さんのお友達の方ですか」 逆に聞いてきた。 「ええ、祐介さんとは仲良くさせていただいていますが」 「そうですか、先日、今日のように、中を覗かせていただいたとき、祐介さんと楽しそうにお話していた方ですね」 「は、太助と申します。もしかすると、祐介さんのご実家の方ですか」 「はい、主人の内儀で弓と申します」 「なるほど。すると、そちらの女中さんがお富さんですね」 「え、そこまでご存知なんですか」 お富は、丸い目を大きく開いて太助を見つめた。 「祐介さんとお話になりたいのですか」 太助は尋ねた。 「いえ、こうして、時々様子を見に来ているだけです。もし、私が会いたいと思ったとしても、祐介さんは会ってはくれないでしょう」 「そうですか。でも、安心してください。祐介さんは元気にしています。以前はグレていたそうですが、今では、真面目に行商をして 暮らしていますよ」 「それを聞いて安心しました。主人も、それはそれ、心配していますので」 「でも、勘当なさったんでしょう」 「はい。建前としては勘当ということになってはいますが、心を入れ替えてもらいたいとの主人の気持ちからです。名主さまには事情を 話し、内緒勘当ということにしています」 (内緒勘当だったのか) 太助は驚いた。おそらく、祐介は正式な勘当になっていると思っているだろう。 内緒勘当とは、表向きは勘当したこととして、家への出入りは禁ずるものの、名主を通じて正式な届けを町奉行所にはださないでおく 処置である。戸籍は剥奪されてはいない。今でも、祐介は、戸籍上は息子の扱いなのだ。 「それではご主人は、祐介さんに戻って来て欲しいと思われているのですか」 「勘当扱いにした時分の祐介おぼっちゃまは、それはひどい行状でした。それは、店の奉公人もご近所のみな様にも知れ渡っています。 戻って来たからといって、簡単に家に入れるのは難しいとは思いますが、誰が見ても、立派に立ち直っているのならば話は別です。 そうなったらと、ご主人様は思われているんです」 お富が、涙声で答えた。 「そうですか……」 太助には、思うことがあった。 「ところで、祐介さんがグレた原因は、お内儀さん。あなたですよね。店に戻るということは、お母さんとお呼びしなければなりません よね。祐介さんが納得するかどうか」 「祐介さんは勘違いしているんです」 お弓は言った。 「勘違いですか」 「ええ。私が悪かったのです。祐介さんから、好きだと言われた時に、はっきりと断れば良かったのです。私は、小柄なので、 歳よりもずっと若く見えるようですが、祐介さんよりも十も年上なのです」 (え、三十過ぎだなんて、とても見えない) 太助は驚いた。 「好いてくれているのは嬉しいことでしたが、私には、祐介さんの嫁になる気持ちはまったく有りませんでした。もし、 お店に戻れることになったら、その前に、祐介さんには、もっと年頃の似合った娘をと考えております」 話を聞いてみると、どうやら、祐介の独り相撲だったようだ。まあ、おぼっちゃま育ちの大店の若旦那なら、ありそうなことだ。 「祐介さんが、まっとうな商売人、それも、酒問屋の手代か番頭にでもなれば、お店に戻れるってことですね」 「そうなれば、願っても無いことです」 「解りました。私に考えがあります。あまり心配をなさらないで、しばらく待っていてください」 明るい顔で太助は言った。 「祐介さん。酒の商いは嫌いかい」 太助は尋ねた。 「酒は、飲むのも好きだが。扱うのも大好きだよ」 祐介に酒の仕事をする気持ちがまだ残っていることを確認した太助は、天満屋の主人に祐介の話をした。店で使ってはくれないかと 頼んだのである。 「ほぉ。祐介さんねぇ。今はどうしているんだい」 どうやら、主人は、祐介を知っているようだった。同じ酒問屋である。知っていても不思議はない。 主人の許しをもらい、祐介に話をした。 「祐介さん。おまえさんの酒の知識はたいしたものだよ。どうだい、天満屋のご主人に会ってみないかい。そりゃあ、若旦那ってわけには 行かないが、手代になって働いてみちゃあどうだい」 祐介に否は無かった。そもそも、好きで家出をしたわけでなかったし、酒を扱う仕事に未練も有った。 ちょうどその頃、太助に越後の酒造り酒屋から養子の話がまとまりかけていたのだ。天満屋は辞めなければならない。祐介は、 太助の抜けた後の天満屋の優秀な手代として働き始めた。 養子となって越後に移った太助は、祐介と会うことはめったに無かったが、手紙の遣り取りが続いていたのだ。葛籠から見つかった 手紙は祐介からの物である。 手紙の文面をかいつまんで読むと、手代となった祐介は、その後数年天満屋で働いた後、天満屋の主人の仲立ちにより勘当を解かれ、 実家の店を継ぎ、主人になったようだ。 しかも、義母であるお弓の、年の離れた妹を嫁に迎え、両親と祐介夫婦に三人の子供にも恵まれ、幸せに暮らしているようだ。 残念ながら、太助の方が送った手紙は読むことはできないが、婚礼や、子供の出産の度、祝いの品を贈ったことに対する返礼の 手紙があることから、親密な付き合いが続いていたのだろうと思う。 祐介の店の名前や、店の有った場所は手紙から解る。この菊乃酒造が今でも続いているのだから、祐介の店も残っているかも知れない。 探してみようと、私は思った。 完 |