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時事問題@日々考抄 |
| 夫とゴミ出し 2008/08/18 | ||||||
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今回は、時事ネタの堅い話ではありません。ゴミネタです(^ム^;) 昔とは違い今は、よほどの田舎は別として、生活ゴミを捨てるには、地域により細かくルール化されています。 そして、そのゴミを出すのは、いつの間にか、夫である私の仕事となりました。 このことは、我が家ばかりではなく、どうやら、ほかの家庭でも普通のことになっているようです。 そこで考えてみました。ゴミ出しはなぜ、夫の仕事なのだろうか? 燃えないゴミや危険物など、ある程度重量やかさのあるゴミの場合なら、男性が運ぶことに異論はありません。我が家の場合は、それらの指定された捨て場までは、少し距離がありますから、女性では辛いのは確かです。 しかし、生ゴミや軽い燃えるゴミの場合なら、女性であっても、たいした負担ではない(特に我が家の場合は、自宅の塀の前がゴミ捨て場です。母屋でゴミを集め、玄関のドアを開けて玄関前のエントランスに出る、 そこから石段を降り庭を通って門まで行き、門扉を開け、出てすぐ左がゴミの集積場です)でしょう。 ましてや、専業主婦ならば、ゴミを出す朝の時間が特別貴重ということもないはずです。むしろ、出勤時間を気にしている私の方が貴重な時間なのです。 それでも、我が家では、それは、夫である私の仕事なのです。 数年前までは、特に頼まれない限り、私がゴミを出す習慣はありませんでした。ゴミは妻が捨てていました。それが、少し前から変わったのです。 まるで、当然のごとくゴミ出しをしている私がここにいます(^ム^;) さて、そうなってしまった理由は……。
まあ、こんなところでしょうか。 日を追って、恐妻家になって行く私です。 |
| タバコ税よりも甘味税を 2008/08/11 |
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タバコの価格を倍以上に上げようとの愚策が、驚くことに真面目に検討されているようです。 確かに、健康には良くないタバコです。非喫煙者からは、蛇のごとく嫌われてもいます。懲罰的な意味合いから値段を上げる。上げた分を、不足している税収入として、一般消費税を上げることなく補おうと言うのです。一見すると、正しい理屈にも見えますが、そうでしょうか。 これまでも、タバコは増税が繰り返されてきました。でも、結果として、税収は伸びていません。増税した分だけ、喫煙者が減り、徴収される税金の総額は増えていないのです。税収目的の値上げはナンセンスなのです。 今日の日経新聞の記事を見て嬉しくなりました。 フランスでは、肥満が健康に良くないということから、甘い物に特別な消費税を課することを検討しているとのことなのです。 健康に良くない物に特別税を掛けるというのならば、タバコと同じです。タバコは健康によろしくない。甘い物も健康によろしくない。よって、タバコを増税するのなら、甘い物も増税するべきです。 タバコがいくらになるかは解りませんが、仮に、千円近くなったとすると、その税額を消費税と考えると、税抜きのタバコの値段は200円くらいですから、400%くらいに相当します。 菓子やチョコレートなど、ある含有量(重量比率で規定するべきでしょう)以上に甘味成分が含まれる製品は、現在の5倍くらいの値段にして、差額を特別消費税として税収にすべきです。 200円のチョコレートを1,000円に、ケーキなども、数千円にするのです。それで、タバコと同じになります。 暴論と思われるでしょう。 そんなことをしたら、菓子類が売れなくなり、お菓子のメーカーや町の和菓子屋、コンビニまでが、大打撃を受ける。だれもが、そう思うはずです。 タバコの場合は、売れなくなって打撃を受けるのは少数の巨大企業だけです。それが経営不振になっても、だれも気にしない。でも、数え切れないほど有る町の菓子製造店や小売店が打撃を受けるとなると、だれも賛成しないでしょう。甘味税の創設など暴論と思うでしょう。でも、その思いは不公平なのです。 甘味税が暴論ならば、タバコの増税論も、暴論なのです。 タバコ増税論を主張する代議士や賛同するマスコミなどの人達は、頭の悪い、理屈の解らない愚か者であると、自ら言っているのと同じなのです。 |
| オリンピック直前の毒入り餃子問題 2008/08/09 |
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オリンピック開始直前に、毒入り餃子問題が進展しました。 中国にとっては、タイミングがなんとしても悪い。なぜ、こんな時期にと、中国政府も頭の痛いことでしょう。 まず、状況を確認しましょう。中国内で問題の会社製冷凍餃子を食べた市民に被害者が出たのは6月とのことです。その後、日本政府に伝えられたのは、7月になってから。そして、読売新聞にスクープされたのが8月の始めです。 6月に国内で事件が起こり、捜査した結果を日本に伝たのが7月というのは理解ができます。捜査には時間が必要でしょうし、日本に、正直に伝えた方が良いかどうかを判断するのにも、この位の時間はかかるでしょう。 8月に控えたオリンピックのことは、もちろん、念頭に有ったでしょう。7月に明確になっていることを、オリンピックが終わる8月下旬に日本政府に伝えたのでは、中国政府は隠していたと批判されます。しかたなく、オリンピック開始までは極秘にしておいてくれとの、条件付きの情報提供だったのでしょう。 これは、中国の判断ミスです。中国ならばいざ知らず、日本でこれだけ重要なニュースが漏れないはずはないのです。必ず、リークする人間がいます。 しかも、政府内部からの意識的なリークなのではと私は思っています。 発表しないでくれと依頼されていたと官房長官が発言しています。そうなのでしょう。しかし、中国政府の要求通り、オリンピック終了後まで黙っていたら、日本政府も情報を隠したと非難されます。そこで、適当な時間を置いて、情報が漏れた形でマスコミに記事を書かせたのではないか。 日本政府は、中国政府の要望もあり、もっと詳細な情報が入手できるまで発表を控えていたのだが、それが、どこからか漏れてしまった。そのように、公式見解をすることで、情報操作をしたのではないでしょうか。 さて、この問題。首相が両国協力しての捜査を申し入れたようですが、おそらく、なにも進まないまま、ただ、中国側で混入されたとの認識(中国人以外は、だれもが、そう思っていたことですが)が確立するだけで終わると、私は思っています。 |
| 初等教育について考える 2008/07/20 |
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小中学校、いわゆる初等教育について考えてみました。 これまで、私の持論は、 『学校は勉強をするところであって、躾(しつけ)をするところではない。躾は家庭や社会がするものである』 でした。 よって、テレビドラマの世界で盛んに取り上げられる「熱血教師」なるものは、「お話」としては面白いかも知れないが、現実には不必要だし、むしろ、そんな幻想に憧れ、能力も無いのに教師になり、けっきょくは、躾もできず教育もできず、中途半端なことをされたのでは、迷惑するのは子供達と思っていました。 ところが、このところ、青年や子供達が起こす事件が増えています。それらの事件を起こした子供達の行動をを見てみると、基本的な社会性を持っていない、つまり、躾がされていない。生まれたまま、自分の欲望中心にしか考えられない子供達。精神的原始人状態なのではと、思ってしまう事例がほとんどです。 家庭や社会で躾ができていないのです。 それもそうでしょう。些細なことで、理不尽な無理難題を学校に持ち込む子供達の親が問題になっているくらいです。今の子供の親の年代、つまり、30歳代も、同じ、精神的原始人なのですから。 現状を見て、憂いているだけでは、問題は解決しません。そこで、考えを180度転換することにしました。 『初等教育は、日本の社会人として立派に通用する人を作る教育である』 と変えるのです。 しかし、これにも問題があります。それは、今の初等教育の教師達に、社会性や躾を教える能力が無いことです。 教師に、社会性が欠落していることは、大分で起こった事件が示しています。教師の置かれている職場環境は、一般社会人のように、上下左右に揉まれ、切磋琢磨し、社会性を身につけうる環境ではないからです。 仕事そのものが対象とするのは、幼い子供ばかり。大きな学校とは言っても、教職員の数は、普通の会社でいえば零細企業程度。上下関係は不明確であり、お互いに『先生』という気持ちの悪い呼称を、おかしいとも思わず呼び合い、まるで『ままごと』をしているのが、職場としての学校です。教師に社会性などない。よって、今のままでは、初等教育改革はできません。 どうすれば良いのか。 社会教育専門の職員を置くのです。それも、お茶を濁す程度の数ではだめです。 クラス担任を、社会教育担当とするのです。つまり、クラスの数だけ社会教育担当を置く。勉強を教える教師は、教科担当としてクラス担任はさせないのです。そしてその他に、保健室には、看護士だけではなく、精神面でのケアーを行うメンタルケアー担当者も配置するのです。 新規採用の教師の中から、社会教育担当を選ぶのではだめです。社会性の無い社会教育担当ができてしまうだけですから。 社会教育担当は、一般社会での実務経験のある人を中途採用をする。あるいは、現職の教師の場合なら、数年間、役所や一般企業に出向させ、社会を経験させてから、社会教育担当とするのです。 全国には、教師になりたいと思っている若者が多いようです。採用試験の倍率は、大分の20倍弱は異常ですが、低い東京などでも、3倍近いとのこと。いっそ、毎年の採用予定数を3倍くらいに増やして採用し、半分を、市役所や警察署、公共病院などに数年間勤務させ、社会性教育を行った後に、社会教育担当教師として学校に戻したらどうでしょうか。 ついでに、学校に理不尽な問題を持ち込む親対策として、身体強健な体育会系の出身者を、刑務所の職員として数年間、犯罪者の群れの中での生活を経験させ、渉外担当として配置するのも面白いかも。 |
| 竹島なんて無ければよい 2008/07/19 |
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そもそも、領土がどこの国に属するかと言うことは、話し合いできめるべきことです。 それを、歴史的に決めようとするから問題となるのです。 なぜかというと、歴史ほどいい加減な物はないからです。 それぞれの国が、自分に都合の良いように歴史は作る物です。 日本には日本の歴史があり、韓国には韓国の歴史がある。もちろん、中国の歴史もあって、同じとは限らないのです。 日本の歴史について考えてみてもいいかげんです。 日本の最も古い歴史書は「日本書記」です。成立したのは720年と言われています。そして、その8年前には、「古事記」が書かれています。 どちらも、天皇の命により書かれた書物です。どちらかというと、「日本書紀」の方が、天皇家を中心とした歴史書であり、「古事記」は昔話です。 この両者を、詳細に読んでみると、テーマが記述されていることが多くあるのですが、その内容、特に年代には大きな食い違いがあるのです。 たった、8年の違いで書かれた、どちらも国家の正式な書物なのですが、差異があるのです。古代の歴史など、そんなものなのです。 竹島は、日本からも韓国からも、ほぼ等距離にあります。しかも、人が住むような島ではありません。とても人など住めない、島とも言えないような、単なる岩の集合体なのです。その広さは日比谷公園程度でしかありません。 おそらく古代から、日本人にも韓国人にも竹島の存在は認識されていたのでしょう。 日本人は日本領だと言い、韓国人は韓国領だと主張する。どちらにも、明確な自国領であるとの証拠が無いのですから、議論にはならず、水掛け論です。 そもそもが、なんの価値も無い岩の集合体が竹島です。もし、それが無ければ、すんなりと、ほぼ中央に国境線が引かれてそれで終わりだったはずなのです。なまじ、有るから、自国領だと言い張る。 今回の問題は、韓国人には、勝手に言わせておけば良いのです。日本人は、韓国人がなにを言おうと、あわてず騒がず、聴かれたら日本領だと言う。大人の対応をすれば良いのです。 今の韓国人の態度は、世界の一般市民から見ると、子供じみた自己中心の主張をしているだけとしか写っていないはずです。 米国の大使館にデモをしていた韓国人へのインタビューでは「子供の頃から、自国領だと教えられているから韓国領だ」と、幼児的な発言が取り上げられていました。騒いでいる韓国日は、世界で通用するような証拠は、まったく持っていないのです。 騒げば騒ぐほど、韓国人の文化程度の低さ、幼稚さが暴露され、世界中からバカにされるだけなのですが、韓国人にはそれがわからないのです。 しかしならが、隣国とは良い関係を保つことが、国家の安全保障上は必要なことです。 いっそ、竹島など、ミサイル発射実験の標的にして、粉砕してしまえば、話は簡単なのですけどね。 |
| 勝手に心配・北京オリンピック 2008/07/12 |
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北京オリンピック開会まで、1ヶ月を切りました。今、私が心配していることを列記してみます。 @開会までに、諸施設は完成するのだろうか。 A審判が公平に行われるのだろうか。 B観客が騒動を起こすのではないか。 Cテロが起こるのではないか。 D北朝鮮であったような、中国が共産統制国家であることを理解しない外国人が、入ってはいけない施設等に入り、射殺されたり拘束されたりしないだろうか。 Eオリンピック終了後、北京を始めととする、競技が開催された大都市の治安が悪化しないか。 Fオリンピック終了後、経済破綻が起こらないか。 私は、すべての心配は、現実化すると思っています。 @施設は完成しないでしょう。まあ、見てくれだけは、なんとか取り繕って競技は行われるでしょう。しかし、粗悪な工事や手抜きから、開催中も、種々の問題が起こると推察しています。 A公平という感覚が世界標準ではない中国です。中国人にとっては公平でも、世界の人から見ると不公平。そんな事例が表面化すると思われます。 Bこれは、間違いなく起こります。ねじ曲がった愛国心から、世界のブーイングと嘲笑を浴びる事例が多発するでしょう。 C大規模なテロは無いとは思いますが、水面下では、色々と起こるでしょう。 Dかなりの観光客が拘束される。そんな事件が多発すると思われます。 Eこれがもっとも懸念されます。都市部でのオリンピック関連の大規模建築工事には、地方から、大量の労働者がかり出されています。仕事が終わり、それぞれの田舎に帰ることになりますが、都会の便利な暮らしに慣れた出稼ぎ労働者の内の、かなりの人達が、そのまま大都市に不法に居残り、仕事を求め、スラムが形成されるでしょう。そして、いずれは、そんな最貧労働者の大規模な暴動の発生につながる。考えられることです。 F現在の中国が置かれている経済環境は、けして良い状態ではありません。オリンピックという明確な目的の基、現在は、オリンピック景気のバブルで、なんとか保っている中国景気も、夢が覚めた後、崩壊に向かう。その可能性は高いと思います。 中国政府も中国人も、日本が、東京オリンピックの後に、先進国の仲間入りをした事実を持って、中国も、同じシナリオに乗って進む、そうなると思っているのかも知れませんが、私は、そうはならないと思っています。 東京オリンピックの頃の日本と比べると、現在の中国(一部の先進都市部の経済力は同等以上かも知れませんが)は、全体として見ると、文化的にも社会システムという面でも、経済力でも、まだまだ遅れています。 はっきり言って、今の中国は、オリンピックを開催する実力は無いのです。開催するのが100年早かったのです。 それを、無理を重ねて、来月、オリンピックを開催しようとしています。 私には、北京オリンピックは、中国の経済バブル崩壊の引き金としか見えません。 さて、私の予測が当たるのか、単なる危惧に終わるのか。1年後が楽しみです。 |
| 日本米の中国輸出 2008/07/10 |
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大臣までしゃしゃり出て、華々しくマスコミを動員させて報じた日本米の中国輸出。みな様もご記憶に新しいと思います。 さて、その真実は……。 今日、あるところでレポートを読みました。 日本米の中国輸出は、中国でも大きな話題を呼んだようです。マスコミもこぞって取り上げたようです。 レポートは書いています。 日本から輸入された米は、中国の高級食材店に並んでいるようです。今でも……。 ようするに、まったく売れていないのです。 日本の報道では、すべて完売したとのことでした。しかしそれは、輸入した代理店から、中国国内の流通に売れたということ。流通(お店)から消費者に売れたと言うことでは無かったようです。 しかも、中国で話題になったのは、日本の米が美味しいからではなく、その信じられないほどの値段だったからです。 中国では、一般に2キロ入りの袋で販売されるので、その値段で書きます。 中国の、庶民用の米の値段は、一袋3〜4元です。 私も中国に住んでいたことがあります。お店に並んでいるお米の値段は、日本では考えられないほど、銘柄によって大きく異なります。 一般的な米の他に、美味しい高級米も並んで売られています。現在では、中国でも、日本の米(ジャポニカ米)が美味しいとの評判は高く盛んに栽培されています。そんなジャポニカ米が普通に売れれています。 私が住んでいたのは広東省ですが、普通のお米(タイ米系統の長い米が主流です)の他に、高級米として、ジャポニカ米とタイから輸入した香米(日本ではほどんど輸入されていない美味しいタイ米です)の二種類が売られていました。ジャポニカ米は中国産です。どちらも、普通の米の2倍くらい(あるいはそれ以上)の値段でした。 現在の、そんな高級米の値段は、普通米の2倍以上、10元ほどのとのことです。 さて、日本から輸入した「こしひかり」と「あきたこまち」は、いくらで売られているのでしょうか。 なんと、198元だそうです。普通の米の50倍の値段です。高級米と比べても20倍です。 日本で普通に売られている単位は10キロですので、198元は1万6千円ほどの価格です。日本では、5千円で売られている米を、中国で、日本価格の3倍以上の値段で売り出したのです。 売れるはずがありません。 あまりの高さに注目された日本の米です。マスコミは、当然ながら、その値段に相当するかどうか、関心を持ちます。食べ比べが行われたことは想像に難しくありません。 結果はさんざんだったそうです。 「日本米は、美味しいが、値段に値しない」 中国人には、しっかりと、このイメージが付いてしまったようです。政府の思惑とはまったく逆の、悪いイメージを植え付けてしまいました。政府と農協の失策です。 私が中国に住んでいた頃でさえ(10年ほど前ですが)、当時でも、広東省産のジャポニカ米が普通に売られていました。その味は、日本産に比べれば落ちるものの、その値段差(日系のスーパーで売られている日本産の数十倍)を考えると納得できる味の差でした。私はもっぱら、広東省産のジャポニカ米を食べていました。 それから10年です。品質も良くなっていると思います。 上海で、日本人向の報道を行っている新聞社が、実験をしたそうです。 日本人の駐在員の奥さん(もちろん日本人)を30人近く集め、今回輸入された高価な日本産と、一般に売られている安価な中国産のジャポニカ米との、ブラインドによる食べ比べテストをしたとのことです。その値段差のは20倍です。 結果は、日本産を見分けた人は、一人もいなかったそうです。 そもそもが、198元などという、ばかげた値段をだれが付けたのでしょうか。気が狂っているしか思えません。 お店にならんでいる日本産の米には、こんな札が付いているものが多いそうです。 『贈答用』 話題になった商品です。賄賂にでも使ってくださいと言っているのでしょう。 さて、今回の日本産米の輸出(日本から見て)騒動で、利益を得た人達がいます。 今回、あまりにも高い値付けの日本米が中国に輸入され、あるブランドが中国中に広まったからです。それは、「こししかり」と「あきたこまち」のブランド名です。 これまで、「こしひかり」や「あきたこまち」の種子を日本から輸入して栽培していた農家は、その産物を、「中国産のジャポニカ米」として出荷していました。「こしひかり」とか「あきたこまち」とか言っても、中国ではまったく無名なので意味が無いからです。ただ単に、美味しい日本式の米ということで売っていたのです。それでも、2倍以上の値段で売れるのですから、利益はあったのでしょう。 それが、今回、名前が知れ渡ったのです。 日本から輸入された、「贈答用」の198元の米の隣に、堂々と、「中国産『こしひかり』」と印刷された袋に入れた米を並べ、これまでの10元ではなく、30元から40元の値段を付けて並べたそうです。 食べてみれば美味しい、日本産に比べてもあまり差の無い品質の米です。それが、日本産の5分の1以下の値段です。 40元は、日本円にすれば600円ほどです。10キロ買っても3,000円です。日本で買う米の値段よりはまだ安いのです。 増えつつある中国の高所得者です。年収1,000万円以上が1億人もいるとの報道も耳にします。彼らにとって、この程度の値段は負担ではありません。売れ行きは好調のようです。 結局の所、今回の日本米の中国輸出騒動は、日本発祥の米を生産している中国の農民が徳をしただけで終わりそうです。 |
| 先進国のエゴ 2008/07/09 |
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サミットが終了しました。先進8カ国と、発展途上国のエース5カ国との合同G13も開催されました。 今回のサミットのテーマは「環境問題」でした。 『でした』と、過去形で書いたのは、ご存じの通り、昨今の原油を始めとした原材料や食糧の高騰が、急遽、サミットの主テーマと成り代わってしまったからです。 原油や石炭など、消費すると大量のCO2が発生する燃料の消費がもたらした結果としての『温暖化』も、今起こっている「生活基礎物資の高騰」も、先進国が、快適な生活を享受した結果のツケが原因です。そして、先進国の低所得層と発展途上国の多くの民衆が苦しんでいます。 地球温暖化を、少しでも阻止するためには、CO2の排出削減が急務です。 しかし、発展途上国は言います。 「先進国が、CO2をまき散らし、良い生活環境を得たから、地球環境が壊れるつつあるのだ。原因を作ったのは先進国じゃあないか。我々は、今は貧しい。なんとか、先進国並みの生活レベルを獲得することが、我が国の目的である。我々も、かつて、先進国が通ってきた道を、同じように進まなければならないのだ。そのためには、先進国がそうであったように、今は、CO2になんぞ、かまってなんかいられない」 すでに、問題は現実化しています。温暖化の影響は世界に及んでいます。 発展途上国の言い分は理解できます。「ある程度、国が発展するまでは、うるさいことは言わず、低コストでの開発を進ませて欲しい」ということです。彼らの身になって考えれば、理解はできます。 彼らの言い分は、自分は食べない鯨だから、保護するのが正義であり、自分が食べる牛は殺しても当然と平気で主張し、泥棒しても、自分たちの行動を正当化する、「グリーンピース」などという名の偽善者の主張などよりは、よっぽど正当な主張なのです。 確かに、悪いのは、日本を含めた先進国です。しかし、その結果としての地球環への悪影響は、犯人の我々だけではなく、発展途上国にも及ぶのです。 彼らの主張にも間違いがあるのです。コストを掛けずに(CO2排出など考慮せず)、ともかくも、生活レベルを上げたい。気持ちは理解できます。でも、それを許したら、地球環境は、取り返しがつかないレベルにまでなってしまいます。 今回のサミットでのG8の国々の主張は、どう、割り引いても「先進国のエゴ」が、見え隠れししかたがありませんでした。 米国は、CO2削減は、今後、大量にそれらを発生させるであろう中国とインドにも参加させ、削減目標を認めさせなければ、意味がない。それがなければ枠組みには参加しないと主張しています。これは、大きな考え違いです。 「中国とインドの参加」、一見正しい主張のようにも思えます。でも、違うのです。今起こっている事態の犯人は米国なのですから。 CO2削減も、環境保護も、『意識の高い市民の活動』などと、偉そうに言うのは止めたが良いのではないでしょうか。 それは、しょせんは、「先進国のエゴ」、「犯人の言い逃れ」なのです。 CO2は削減しなければなりません。それを、『当然』のごとく言い張るのではなく、「私たちが好き勝手しました。申し訳ない。でも、このままでは破滅です。どうか、協力してください」、そんな気持ちで、発展途上国と交渉することが必要だと私は思います。 加害者の一翼である日本人です。たとえ、税金が高くなっても、そのお金を発展途上国に援助し、CO2の削減費用はすべて、我々先進国の庶民、文化的な生活を謳歌している我々が負担する。それくらいの覚悟が必要なのではないでしょうか。 |
| 漁業における原油高対策 2008/06/29 |
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原油高のため、採算割れしているとして、各地の漁業者が一斉休漁を行うと共に、政府に援助の要請を行っています。 政府は、これを受け、休漁した漁民に対し、休業補償をすると発表しました。 でも、これっておかしいと思いませんか。 米作における休耕補助金に似ているこの制度、農産省にとっては、手慣れた手法ではあるのでしょう。しかし、社会の目指す方向に反しています。 今、日本のみならず世界は、農産物や穀物農作物の高騰に苦しんでいます。原因は原油高だけではありませんが、一因ではあります。 また、もともと食糧自給率の低い日本です。この比率を上げなければなりません。 今回、問題になっているのは、原油高に端を発した燃料高が原因の採算の悪化による休漁です。米のように、作りすぎて余っていることからの生産調整ではありません。 休漁したのでは、漁獲量、つまりは、必要な食糧生産が減少するのです。 『休漁したら保証金を払う』では、必要な、むしろ足らない魚の休漁奨励になってしまいます。 漁業は続けてもらい、輸入に頼らず、日本周辺で捕れる魚を多く食べる。それが、今現在、日本が置かれている状況であり、それが国益です。 休漁保証金ではなく、燃料費補助。つまり、漁業を行う漁師に補助金を支払うべきなのです。まったく逆の施策が必要なのです。 まあ、実際のところ、我々庶民が口にする安価な魚介類のほとんどは輸入品です。 今回騒ぎになっている、休漁問題を抱える漁民が捕る魚のほとんどは、近海物の高級魚。料亭や高級料理屋などに流通し、庶民の口に入る魚ではないのでしょうから、どうでも良いとも言えるのですけどね。 |
| ハイブリット漁船 2008/06/20 |
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異常な原油の高騰から、採算が取れないと、一部の漁船が休漁の動きを見せています。 それも、個別の漁船の休漁でなかく、業界を挙げての一斉休漁が、ニュースにまでなっています。 どうせ休漁するのなら、一斉に休んで入荷量を減らし、少しでも値段を上げようとの思惑でしょう。解らないこともありませんが、長い目で見ると、あまり効果があるとは思えません。浅知恵です。 そうは言っても、原油価格は、現在は異常とはしても、今後も高止まり状態が続くことは十分に考えられます。今、漁民に必要なのは、根本的な対策が必要なのです。 さて、日本では、古くから漁業が盛んでした。もちろん、油を使うエンジンなど発明される前から漁業はあったのです。手漕ぎの船や、帆船で漁業をしていたはずです。 外洋での漁業は別としても、沿岸漁業ならば、エンジン船は必要は無い、緊急時や無風時用に、エンジンを搭載してはいても、基本は風の力を利用して進む船。帆とエンジンとのハイブリット漁船など考えられないでしょうか。 操舵技術と操帆技術、それに加えて感と経験が必要なのが、旧来のアナログ帆船ですが、現在の日本の技術力を持ってすれば、コンピュータを搭載し、電動コントロールのハイテク帆船も建造は可能と思います。 もっと進めて、海風を利用した風力発電機を搭載し、モーターで動く電力船とのハイブリットも良いでしょう。 帆とエンジンと、モーターの三種類の推進システムを持ったマルチハイブリト船なら、もっと素敵ではないですか。 日本の技術力ならば、いとも簡単にできてしまう、最新技術でもなんでもない、どちらかと言えば、既存の、ローテク技術です。 特に、沿岸で運行する釣り船などの遊びの船なら、燃料費対策以外にも利点があります。優美な帆船によるクルーズなら、観光船としても最適です。白い帆を挙げた船が沿岸船に点在する、港町の風物詩にもなりますしね。 |
| 取材期待権 2008/06/19 |
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判決がでたとの報道を目にしました。 慰安婦問題を特集したNHKの番組において、取材を受けた、慰安婦を救う側の団体が、完成し報道された番組が、自分たちの意図した(期待した)内容と違っていたとして、慰謝料を求めた裁判です。 判決は、請求権そのものをを認めないという結果でした。 この判決に対し、人権派のマスコミや評論家は批判のコメントを盛んにしています。 その番組を私は見ていません。訴えた側が、慰安婦を援護する側だったことから、内容は、これまで政府が繰り返して主張していたように、一部責任は認めながらも、その実態においては、各種のケースがあり、政府側に全面的な瑕疵は無いとの立場も報道していたのでしょう。 私個人の意見から言うと、政府の主張も解らないではないが、現実として被害者がおり、しかも、高齢化しているということに着目します。ここは、政治的な決断により、まずは被害者救済に動くべきだと思っています。その中に、いくぶんかのグレーは存在しているとしても、いいではないですか。 そんな意味からは、訴えていた側の方に、心情的には近いものがあります。 しかし、法律論となると話は別です。 この訴えが、慰安婦問題という、微妙なテーマではなく、別なテーマだったらばどうなのだろうかと、私は考えます。 そのテーマが、単なる民間のトラブルの場合です。 少なくとも二つの対立する勢力があり、それぞれが主張を異にしているような場合を考えてみてください。 取材は公平に行うべきです。しかし、当事者どうしが、繰り返し話し合っても解決できないからトラブルになっているのです。それぞれは、自己の意見が正しいと、心の底から思っています。それを取材するのです。 どちらも、自分の側の主張を強く取り上げて報道して欲しいと考えることは自明です。それを期待して取材を受けるのです。 作っているのは社会派の特別番組です。ただ、両者の主張を並列に紹介するだけでは、それはニュース番組にしかなりません。特番として取り上げたとしたら、そこには判断が入ります。制作者側の意図が入り、どちらかにウエイトが重くなってしまうのは当然のことです。 もし、今回の判決が、『取材期待権』を重く認めたとしたら、最悪の事態になると私は感じています。 番組が作成されるたびに、主張が重く扱かわれなかった側が、『取材期待権の侵害』として訴えることになってしまうでしょう。 一つの番組に一つの訴訟が起こるのです。これは、報道の自由、思想の自由、表現の自由への侵害となります。日本国憲法違反です。 報道においての、『取材期待権』などは、そもそも認められないという裁判所の認識は、良識を元とした正しい考え方です。そんな意味から、今回の判決は正しいと、私は思います。 その内容が、たまたま慰安婦問題だったからとして、今回の判決が不当と発言する、情緒迎合型評論家や劣悪テレビマスコミが問題なのです。日本を悪くしているのです。 テレビの報道娯楽番組の司会者、例えば古館伊知郎氏は、タレントです。良識と見識を備えて発言する評論家ではありません。かれは、視聴率を稼ぐために起用され、番組を面白くすることしか考えていない放送作家が書いた台本の通りに口を動かしている役者なのです。 そんな番組やタレント司会者の発言が、本当のことと信じているとしたら、あなた、あなたは、最低の無知者であり、日本を危うくする間違った世論を作りかねない犯罪者なのですよ。 |
| 恥と外聞を捨てて 2008/06/18 |
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同僚と雑談をしていたとき、ガソリン価格の高騰が話題となりました。 彼は、「まだいいよ。私の車はハイオク仕様だから、たまったものじゃない」とぼやきました。 どんな車に乗っているのかは知りませんが、彼の車は、先日、いたずらに合い、ドアを傷付けたれました。現場検証に来た警官に言わせると、『車上荒らしが目的ではないですね、いたずらでしょう。高級車を見ると、僻んでいたずらする若いろくでもないやつが最近は多いんですよ』とのことだったそうですから、きっと、いかにも高そうな高級車なのでしょう。 彼は、もうすぐ定年です。 「ちょうど買換え時だし、『恥も外聞も捨てて』、軽自動車にでもしようかな」 ちょっとまって。私は思いました。『恥』は捨ててはいけない。『恥』は知るものです。そして、『外聞』を捨てるとは、どういうことだろう。考えました。 『外聞』とは、他人からの目線で噂されること、常識を物差しにした価値観ということで間違いはないでしょう。それを捨てる。つまり、悪口を言われることを覚悟するという意味で彼は使ったのではないかと思うのです。 『常識』ということを、人は普通に使います。さも、それが、厳然としてあるかのように。でも、私には、『常識』など、この世の中には無い。個々人が持っている『常識感』とは、『幻想』もしくは、独りよがりな『思い込み』ではないかと思っているのです。 海外にも長く住みました。いやというほど、日本の常識と海外の常識が異なっていることに気づかされました。 最近は、ニュースショーという名の娯楽番組が、あたかも、事実を報道するニュース番組や、政治や世相を評論する番組であるかのように放送されています。キャスタ−と呼ばれるタレントが、司会をするのではなく、まるで民衆を代弁する発言者のように、無知と無理解と偏見に満ちた個人的な意見を言いまくっています。 そして悪いことに、一般視聴者、特に高齢の視聴者は、テレビ報道はすべて正しいと誤解しているようなのです。そして、それによって世論が形成されているとしか思えないような、世論調査の結果がでています。 それらが、狂った『常識』を作り上げていると思っています。 彼の言う捨てる『外聞』とは、そんな『常識』に照らして、『外聞』が悪いということなのでしょう。 今回の話題は自動車です。そもそも、『外聞』が悪い自動車とは、どんな自動車なのでしょうか。 彼は、数百万円もする高価な高級車ならば『外聞が良い』、安い軽自動車は『外聞が悪い』と思っているのでしょうから、先の発言になるのだろうと思います。 でも、そうでしょうか。 現在、社会が最も取り組まなければならない問題は、地球の環境回復と保全です。 地球環境を悪化させる元凶が自動車です。エコカーなどと、盛んに自動車メーカーは開発競争を行い偉そうに宣伝をしていますが、どんなに対策をしても、自動車は環境から見たら、環境を害する『犯人』なのです。環境に良い自動車など、そもそもありえないのです。悪さが、少し少ない、それが、自動車メーカーの言う、『エコカー』です。殺人犯か、窃盗犯かの違いでしかない。 そんな犯人の中でも、高級車(一般に大型でガソリンを大食いする)ほど、社会の敵なのです。 リタイヤし、夫婦二人だけのスローライフ。自動車など、持たないほうが良いのです。生活環境から、いたしかたなく持つというのならば、それが軽自動車で、どうして『外聞』が悪いのでしょうか。 むしろ、『現役時代は、ミエもあって、大型車に乗っていたが、これからは、環境に配慮して、燃費の良い軽自動車にしました』というほうが、はるかに『外聞』が良いと思うのは、私だけでしょうか。 ちなみに私は、通勤用には、原付のスクータを使っています。私ももうすぐ定年ですが、安物の燃費の良いスクータで通勤することが、『外聞』が悪いなど、まったく思っていません。私の感覚は、常識はずれなのでしょうか。はずれと言われたら、私は喜んで『はずれています』と認めますけどね。 |
| 言葉は生きている 2008/06/11 |
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インターネットの雑誌に、評論家の「呉智英(くれ ともひろ)」氏(私は知らない人でしたので、調べたところ、評論家とのことでした)が、「土人」という言葉を取上げ、昨今の言葉の使い方には間違いが多いとし、正しい言葉使いをするべきだと論評をしていました。 発端は、アイヌ民族を先住民として認め、権利を保障する法案が可決されたことを受けてのエッセイです。 法案自体についての意見ではありません。実はアイヌ民族に関する法律については、今回の法律の前にもありました。明治時代の古い法律です。その法案の名称では、アイヌ民族について「旧土人」と表現しているのです。 法律には、不備な点があったのでしょう、法律が廃止されたとき、この古い法律名を、当時の(昭和の中後期)政治家もマスコミも、よくもこんな、蔑称を正式名称として使ったものだと、驚いて見せたと氏は言っています。 そして氏は、江戸時代の文献を証拠として引用し、「土人」とは、「土地の人」の意味であって、蔑称などではそもそもないと主張し、言葉は、正しく使うべきであると、書いています。 まあ、ご説は、間違ってはいないと思います。 言葉は、正しく使うに越したことはありません。勝手に、本来の意味とは違う意味で使われたのでは、コニュニュケーションツールとしての言葉が、言葉ではなく、単なる雑音になってしまいます。昨今の若者言葉が、まさにこれです。聴いても、意味不明なのですから。 しかし、言葉は生き物であると私は思っています。 「土人」という言葉・名称にしても、本来は蔑称ではなかったのでしょう。しかし、現在の日本人が、圧倒的多数の日本語使いの日本人が、それを蔑称として使っている、感じるとしたら、それは、蔑称なのです。 言葉は時代とともに変遷します。そもそも中国語であった漢字が、日本に輸入された時にも、かなりの間違いが発生しています。例えば、「猪」は、日本では、野生のどう猛な獣である「いのしし」のことですが、中国では、日本で言うところの「豚」のことです。 よって、干支で言う「猪年」は、「ぶた年」なのです。「猪年」は、猛々しいイノシシのイメージの年ではなく、子だくさんの家庭的なイメージの年なのです。 言葉を、正しく使えと主張することは、「猪年」を、「豚年」にしろと言っているのと同じです。 そんなことを主張しても、意味はないのです。そんなこと、どうでも良いことです。漢字が中国から渡来したとは言っても、中国の文化と日本の文化は別なのですから。 氏が、そんな論評を張ったのは、「土人」が、「蔑称」という意味合いが強かったからだと思います。しかし、このことでさえ、氏の主張は論拠を失います。 「白人」「黄色人」「黒人」。この三つの言葉は、肌の色の違いを表現しているだけの単なる人種を区別する言葉です。しかし、「黒人」との呼称だけは(「黄色人・黄色人種」と呼ばれて侮蔑されたと思う人もいると思いますが)、蔑称として使われることが、実際、多いと思います。元々は蔑称ではなくとも、それが蔑称として理解し、実際使われているのです。 氏の意見は間違ってはいなません。これが、人種や民族など、人という、微妙な生き物に対して使われる言葉でなければ、ほどんど問題はありません。だれがなんと言おうと、ご本人だけは、正しいと信じる使い方をすれば良いだけです。そもそも、言葉(漢字による単語)には、複数の意味があるのが、日本語の特徴でもあるからです。しかし、これに、人の感情がからむと微妙になるのです。 言葉としては、蔑称では無くても、使われた方の人が、侮蔑されたと感じたとしたら、それは蔑称なのです。 アイヌの人を、日本土人、あるいは北海道土人と呼ぶことの方が、彼の言い分では、正しい言葉の使いなのでしょう。しかし、アイヌの人は、喜んでこの呼称を受け入れるでしょうか。私には、そうは思えません。 古いものは大切にしなければなりません。文化もしかり。文化の一翼を担う言葉も同じです。 しかし、言葉は生きているのです。 生きているから、しばしば、言葉は、言葉の子供を生む。新たな意味を持つ一種の子供ができるのです。 子供は、無事に成長するとは限りません。一過性の流行語などがそれで、早々と一生を終える言葉も多いものです。 そんな中で、長く生き残ってきた言葉は、すでに、元の言葉とは別の言葉なのです。発音や表記は同じでも、別の言葉と理解するべきです。 つまり、江戸時代の「土人」と、現代の「土人」は、別の言葉なのです。よって、どちらが正しいとか、間違っているとか論評することは間違っているのです。この観点において、氏の主張は間違っています。 |
| 『taspo』JTの陰謀 2008/06/04 |
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7月1日から、全国的に自動販売機でのタバコの購入には、成人であるとの証明が必要になります。 『JT』は、盛んに、『自動販売機でタバコを買うには、taspoカードが必要です』とのコマーシャルやポスターを各所に掲示して普及促進に腐心しています。 実は、あの広告は、不当表示です。なぜ、公正取引委員会が警告をしないのか不思議です。なぜかと言うと、成人の証明のためには、運転免許証が使える自動販売機が、すでに全国では数十万台設置されているのです。『taspoだけが使える=だから、早くカードを作れ』との広告は嘘だからです。 まあ、そのことは、役人上がりのおぼっちゃまJT職員ですから、些細な思い上がりとして良しとしましょう。しかし、この『taspo』カード、私には、JTの陰謀が透けて見えるのです。 『taspo』カードは、電波を利用したICカードです。発行してもらうには、@成人であることを証明する書類の提出が必要です。そして、A個人を識別するための顔写真が付いています。また、なぜか、B有効期限があります。 この三つの条件を満たすということは、実は、身分証明書としての要件を満たしているということなのです。 もちろん、JTは民間企業です。公的機関ではないので、公的な身分証明書ではありません。しかし、普及が進むと、事実上の身分証明書として定着することもありえます。JTは、それを狙っているのではないか。 高齢者の、自動車運転による事故の多発が問題になり、運転免許書の返納が推奨されています。しかし、運転免許証以外に、簡易な身分証明書を持たない高齢者が多く、返納したがらないという実態があります。 『taspo』が、運転免許書を持たない人、タバコを吸わない人にまで、カードを発行するようになったら、それはそれとして、社会のニーズに応えることになります。よく言えば、社会のために考えているともいえます。しかも、カードの作成や登録配布の費用は、すべて無料です。1枚についての費用は些細でも、数が増えれば膨大な費用がかかっているはずです。そこに、『陰謀』が潜んでいるのではないか。 もちろん、未成年にタバコを吸わせない、買わせない、そのためのカード認証という、大義名分はありますが、それだけでは無いのじゃないか、あまり素直ではない私です。 JT幹部の思惑は、事実上の身分証明書を発行する会社になる。そして、そのことを根拠に普及させる。なぜ、そこまでしてカードを普及させたいのか。 もう一つ不可解なことがあります。まったく宣伝はされていませんが、『taspo』カードには、JR東日本の『suica』と同じく、デポジットカードとしての機能が仕込まれているということです。お金をチャージし、商品の購入に使える用途が、初めから組み込まれえいるのです。 まず第一番目には、自動販売機でタバコを買うためにこの機能を使わせる。これは、納得できます。タバコを買うためのカードなのですから。 そして、それだけではありません。『JT』は、毒入り餃子事件で頓挫していますが、冷凍食品事業にも積極的に取り組んでいる企業だということです。スーパーなどの店売りもしますが、宅配と組み合わせた通信販売も、もちろん視野に入っているはずです。 その支払いをこのカードにチャージしたお金で決済させる。また、クレジットカードと提携して決済機能を持たせることも、将来考えているかも知れません。そうすれば、通信販売の支払いに、このカードが使えるようになるのです。 高齢者向けの身分証明書機能と、交通弱者であり、気安く買い物に出かけられない高齢者を対象にした、冷食通販での利用機能。そのあたりが、『JTの陰謀』なのではないでしょうか。 |
| 民意はどのようにして把握するのか 2008/06/03 |
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政治家はよく、地元に帰って民意を聴いてきたと発言します。 民の意見を聞くということは必要なことです。ただ、それが、地元民の欲望を聴いたというのでは本末転倒です。 そもそも民意とはなんなのでしょうか。 マーケッティングの世界における、ユーザーニーズに近いと私は思います。 商品(政策)を作り出す(法律を作る)とき、メーカーはマーケッティングを行います。 もっとも単純な手法は、潜在的な顧客(無作為抽出などにより調査対象を選ぶ)をテスターとして、聞き取り調査やアンケート調査などにより、ニーズを把握する(地元の選挙民から、要求や話を聴く)方法、いわゆる市場調査です。 この手法は、商品が、すでに普及期に入り、成熟した市場が形成されつつある場合には、かなり有効な手法の一つです。 しかし、商品が、導入期であったり、新しい技術を応用した市場に未導入な商品の場合には、この手法は使えません。ユーザーは商品を認識しておらず、知らないのですから、ニーズなど感じていないのが普通です。まったく新しい商品の場合は、市場調査は成立しませんし、しても意味が無いのです。 すでに導入はしたものの、まだ、ごく一部の人しか商品を知らないような商品の場合、つまり、導入期の商品の場合は、すでに所有しているユーザーからしか、意見を聞くことはできません。しかも、そんな、新しいもの好きの先端的なユーザーの意見は、大衆に向けた商品開発のマーケッティングデータとしては、とても利用できないような極端な意見が出ることが多く、調査を実行し、調査結果を評価する場合には、特別な注意(意見を鵜呑みにはしないこと)が必要なのです。 それでは、未導入・導入初期において、マーケッターは、どんな手法によりマーケッティングを行えばよいのでしょうか。 それは、マーケッター自身が、ユーザーの立場に自分を置き、熟知している商品知識を使って自ら考えるのです。マーケッティングの極意はここにあります。 政治家が行う、政策立案、法案の作成も、商品作りと同じです。 旧法を改正するというのならば、選挙民から意見を聞くことも有効でしょう。しかし、めまぐるしく変遷する国際環境・経済環境の激変の中、政治家であるからこそ入手できるそれら情報を活用し、いち早く未来を察知し、対応するための政策や法案を作ることが政治家の責任です。未導入の商品作りと同じなのです。地元民に意見を聴いても、正しい意見など出てはきません。 問題が、少し表面化し始めたような場合は、導入期の商品に似ています。マスコミなどが、面白おかしく評論家と自称(マスコミが作り上げた)する連中(新しい物好きユーザーと同じ)の、極端な意見に惑わされやすいのです。 一般国民(被選挙民)は、そんな極端な意見しか、情報として持っていないのですから、正しい判断などできるはずがありません。 政治家も国民です。民衆の一人です。政治家としての経験と知識により、お金や名誉欲・権力欲などの我欲を排除し、国民のために考える(マーケッティングする)姿勢が大切なのです。 ましてや、たまたま所属している政党の幹部が決めた方向だからと、自らの見識や良識に蓋をして従うような議員は、真の政治家とは言えません。 そもそも、選挙によって選ばれた議員です。政党ごとの比例代表により選ばれた議員の場合は、若干立場が違うかも知れませんが、選挙区で選ばれた議員に、党議拘束などを行うということは、国民を無視し、馬鹿にしているとしか言えません。 議員には、政策マーケッティングのプロであるとの自覚を持って欲しい。そして、政権を取るために論争をするのではなく、国民のための、正しい政策・法律を作るためにこそ、その能力を使って欲しいと思います。 |
| 小麦引渡価格の値上げ、これも変 2008/05/31 |
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政府の、小麦引渡価格が値上げされ、パンやうどん、各種の食品が値上がりしています。 世界的な農産物の価格高騰が、毎日のように新聞などマスコミを賑わしている昨今ですから、一般国民もなんとなく『困るけど、しかたがないんだ』、納得してしまっていますが、でも、これは変です。 小麦は、普通の農産物のように、商社が買い付けて輸入し販売することができません。国の機関が買い付け、値段を決めて売り渡しているのです。価格統制です。 なぜ、統制をするのか。 国内の農家を守るためというのが、理由です。 国際価格に比べ、異常なほど高い国産小麦価格です。しかも、米などとは違い、品質も外国産が国産に劣っているわけでもない。自由に輸入したのでは、国内の小麦生産農家が無くなってしまう。そんな危惧から生まれた制度です。 一応は納得できる理由です。食糧自給は国の根幹の政策でもあるからです。 これまでは、安い値段で買い付け、国内の農家に影響が出ないような高い価格で売り渡していました。国は、毎年、膨大な利益を得ていたのです。 まあ、それはそれで良いでしょう。利益は国庫に入っていたのですから。 さて今、国際価格が高騰し、これまで通りの価格では売れないと、値上げしました。 これまでの売り渡し価格を超えるほど、つまり、国産小麦の値段を超えるほど、国際価格は高くなっているのでしょうか。そんなことは無いと思いますが、調べてはいません。 もし、それほど高騰しているのなら、国産の方が安いことになります。国産の生産奨励をするべきなのですが、そんな政策は聞こえてきません。 まだまだ、価格差は有るはずです。それなのに値上げをする。理由はなんなんでしょうか。 業務を行っている政府機関の運営費が捻出できないからでしょうか。 だとしたら、小麦の価格統制など、止めたらよいのです。非効率で高コストな運営をしているに違いのない役人を食わせるために、消費者が費用を負担する理由はありません。 商社に自由に買い付けをさせ、自由に売らせれば良いのです。 今すぐに止めたのならば、従事している役人は辞めさせなければなりません。事業を整理するには費用がかかります。だから、止められないというのなら、これまで、さんざん利益を出していたのですから、その金額の範囲で、割り増しでも何でも、退職金を払って事業を整理すれば良いのです。 この件については、国民もマスコミも、困っているだけで真相を究明しようとしないのはなぜなのでしょうか。 私には、不思議でなりません。 |
| 消費税について経団連会長がコメントするのはおかしい 2008/05/29 |
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国民が期待する福祉を実現するには、今のままでは国の収入(税収)が不足すると考えられていることから、消費税増税の議論が始まっています。 必要な財源は、どこからか徴収しなければならないのですから、議論を始めるのは良いことなのですが、消費税について、企業経営者の団体である経団連が、盛んに発言をしています。でも、これってちょっとおかしいと私は思います。 なぜかというと、消費税は、企業には一切の負担が無いからです。たとえ、消費税が100%になっても、企業の収益にはまったく影響が無いのです。 消費税の仕組みを知っている方ならば、こんなことは常識ですから、なにをいまさらと思われるでしょうけれど、知らない方のために、解説をします。 消費税とは、最終消費者だけが、物を買った時に負担する仕組みなのです。 今、1万円の商品を買ったとします。消費者は、1万円の代金と、500円の消費税をお店に払います。 お店は、1万円を入金し、500円は、預かったことにして経理処理をします。 その商品の仕入れ金額が、8000円だったとします。お店は、問屋に、8000円と、400円の消費税を払います。問屋は、6000円でメーカーから仕入れているので、6000円の代金と、300円の消費税をメーカーに払います。 メーカーは、6000円の商品を作るのに、3000円の一般経費と人件費をかけ、2000円の材料費(材料買うのには、2000円の代金と、100円の消費税を払っています)を使って製品を作りました。メーカーの利益は1000円です。 さて、納税です。 メーカーが仕入れた原材料は、それぞれの企業が独自に作った物なので、その製品には購入する材料は無いとすると、メーカーから預かった100円を納税しなければなりません。 メーカーは、売ったときに300円の消費税を預かっていて、材料を買う時に100円を払っているので、その差額の200円を納税します。 問屋は、400円を預かり、300円を払っているので、100円を納税します。 お店は、500円を預かり、400円を払っているので、100円を納税します。 納税金額は、材料屋が100円、メーカー200円、問屋100円、お店100円となり、消費者が最初に払った500円と一致します。 つまり、お店もメーカーも、商取引では消費税を負担はしていないのです。 会社は、1年間単位で、売上が発生した時に預かった消費税の総額から、会社が買った(支出した)代金と一緒に払った消費税の総額を引いた分だけ納税します。 しかも、一般には、仕入れた金額よりも、売上の方が多いのが常識です。少なければ赤字ですからビジネスは成り立ちません。よって、預かった消費税よりも、払った消費税の方が少ないのです。ここに、からくりがあります。 製品を作るために仕入れた材料以外にも会社は物を買います。その分の消費税も、いったんは払います。しかし、この消費税は戻ってくるのです。会社が経費で買った物は、会社のビジネス活動に使った経費として認識しますので、その金額は預かっている消費税から差し引けるのです。 社員が使うトイレットペーパーも、残業した社員が夜食として会社経費でとったラーメンの出前も、幹部が接待ゴルフをしたプレイ代金やその後に銀座のクラブで数十万円払った遊興費に含まれていた消費税も、消費者から預かった金額から差し引かれるのです。つまり、会社は、最終的には無税になるのです。社長がクラブに払った消費税も、消費者が預けたお金の一部なのです。 個人商店でも同じです。上手に、家族の消費分を、お店の経費に潜り込ましてしまえば、消費税は払わないで済むのです。 ちょっとおかしいとは思いますが、それが消費税の仕組みなのですから、仕方がありません。よって、経団連の代表には、消費税の率に口を挟む権利は無いのです、よって、彼らに、偉そうに消費税率に関する発言などして欲しくはない。 私は思うのです。 |
| 歴史認識と味覚 2008/05/17 |
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国際間で、歴史認識の違いが問題になることが良くあります。特に、日本とアジア諸国の間には、多くの認識に違いがあります。 歴史認識とはなんなのか。難しいことではありません、ある歴史的な事象についての事実の把握、理由を含めて結果の理解、結果についての解釈の違いです。 では、どうして違いが起こるのか。 歴史認識の検証をする前に、『味覚』について検証してみたいと思います。 『味覚』は、特別な病気でない限り、だれもが持っている知覚能力です。 ただ、困ることは、ある人がおいしいと感じる食べ物でも、他の人がおいしいと感じないことがあるのです。それはなぜなのでしょうか。 「好き嫌いだよ」 言ってしまうのは簡単ですが、それでは、検証になりません。そもそも、なぜ、好き嫌いが起こるのでしょうか。 一般に人は、判断をするときには、物差しを使って、まずは対象を測定し、その後に判断をします。味も同じです。 味を判断するとき、人はどんな物差しを使うのでしょうか。また、その物差しはなにを根拠にしているのでしょうか。 私は、味の物差しには、大別して三通りあると考えています。 @お袋の味を基にした物差し A幼少時を過ごした地域の味を基にした物差し B絶対的な味覚による味を基にした物差し 本来は、Bの物差しで計るのが正しい味の判断です。しかし、そもそも、なにが絶対的なのかが不明確です。味覚は目では見られないからです。強いて言えば、味覚の評論家として、広く認められている人が使っている物差しがBなのでしょう。 それでは、Bの物差しと@とAの物差しはどのような関係にあるのでしょうか。 @とAは、正しい味覚の物差しであるBに対しては『雑音』となります。 お袋の味や、懐かしい地域の味は、味の判断を狂わせる存在なのです。 もちろん、@とAにおいて、おいしいと判断される味は、そのレベルの高い低いはあるとしても、Bの物差しで計っても、そこそこ評価できる味であるはずです。Bの物差しで、端にも棒にもひっからない味は、@にもAにも評価はされないはずですから。 困ったことに、大半の人は、特に日本人は、@かA、あるいは、@+Aの物差しでしか、味を計らず、その結果で判断をしています。 日本が島国であり、文化が比較的に均質だからです。多くの民族が混在して暮らしている国では、傾向の異なる多数の食べ物が日常的に食べられています。幅広く味の経験を積んでいますから、味覚の幅が広いのですが、日本人にはそれが狭い人が多いのです。 その良い例が、日本食以外は食べられないタイプの人です。 ある国で、多数の人たちにおいしいと評価されている食べ物であるならば、それはそれでおいしいのです。しかし、それが、自分の物差しと違うというだけの理由でまずいと判断するのは、味覚の幅が狭いということです。 大衆から支持されている味であっても、初めて経験したような場合は、おいしいと感じることはまれです。しかし、重ねて食べて経験を積むと、おいしさの訳が解ってきます。味覚を広げるには、修行が必要なのです。修行を積むことにより、@とAの呪縛から開放され、Bの物差しを手に入れることに近づくのです。私の場合は、育った環境から、そもそも、@とAを持っていないので幸せでした。 さて、本論に戻りましょう。歴史認識です。 歴史認識も、味と同じように、いくつかの物差しがあります。 @正しい事実を元とした認識 Aそれぞれの時代に、その時代のオピニオンリーダーが作り上げた認識 B情緒による認識 もっとあるかも知れません。例えば、テレビマスコミが視聴率欲しさに作り上げた認識などです。 もちろん、@がもっとも正しい認識ですが、これもまた、味覚と同じです。ほとんどの国の人々(当然ながら日本人も含めて)は、Aに侵された認識に、Bが加わった認識によって自分の認識としているのです。またこれも困ったことに、自分では、自分の認識は@であると思い込み信じて疑わないのです。 さて、解決するにはどうすれば良いのか。 味と同じことが言えると思います。 自分と違う認識だからと排他はしない。多くの人が、そんな認識を持っているとしたら、それはそれとして尊重する。相手の環境や状況から判断し、なぜ、そのような認識になったのかを考えてみる。そんな努力を重ねることと、偏見や固定観念を捨てて、歴史を正しく検証することが必要なのです。 そしてその結果が、それまでの自分や周囲の認識と異なっていた場合には、勇気を持って自分の認識を修正するべきなのです。 |
| 高齢者医療制度 2008/05/11 |
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高齢者に対する医療保険制度が大きな問題になっています。
これまでは、国民健康保険や企業の健康保険組合に組み込まれていた高齢者の医療保険を、別に作った新たな保険制度で対応しようという施策が 問題になっているのです。 ちょっと待ってください。 そもそも、保険とはなんなんでしょうか。 保険とは、めったに起こらない事故に対し、多数の人が少しずつ掛け金を納めて、リスクを分散させる仕組みです。 若い人の健康保険なら、この考え方が成り立つと思われます。 実際、若い社員の多い企業の健康保険組合の中には、掛け金に比べて支出が少なく、利益が出ているところも珍しくはありません。 しかし、高齢者になると、どこか体に故障がですものです。病気がめったに起こらない事故のような存在では無くなってしまうのです。 それでも、若い人と一緒の制度ならば、バランスを取ることも可能と思われます(若い人の負担が増える問題は残りますが)が、 高齢者だけを切り出したとすると、保険では無くなってしまうのです。 保険制度で運用しようというのが間違いなのです。 どうしても、若い人とは別にする(若い人に過度な負担を掛けたくないというのなら)としたら、 それは保険制度では無理なのです。 また、高齢者の医療においては、大きな問題点があります。 人は必ず死にます。老衰で亡くなったり、運悪く事故で亡くなる場合は別として、ほとんどの人は病院で最後を迎えます。 その時に、問題が起こります。 現代の進んだ医療では、費用を掛ければ、数日から数十日、延命をすることは技術的に可能でしょう。ただし、莫大な費用が掛かる。 家族にしてみると、1分でも長く生きて欲しいと思うでしょう。気持ちは解りますが、その延命のために保険から莫大なお金(1日に100万円を越えることもあるとのことです)が 出ていたのでは、保険制度としてはたまりません。 病院も商売。家族の気持ちを大切にすると言いながら、おなかの中では『売上げ』、思っていないとは限りません。 直すための医療が治療です。延命は治療ではない。 家族が延命を望んだ場合は、保険ではなく、すべて自己負担とすれば良いのです。 高齢者の医療については、保険制度ではなく、『福祉制度』とするべきです。もちろん、すべて国と地方とで費用は分担し、本人負担はゼロとする。 ただし、延命など、直すためではない医療行為は、それを依頼する人の負担(家族負担)にすれば良いのです。 |
| 緊急経済対策を 2008/05/07 |
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国会の混乱が原因によるガソリン暫定税の一時的な停止と復活により、あたかも増税されたかのようなイメージを与えて
しまったのは事実ですが、現在の異常なガソリン価格の高騰は、税率の問題ではありません。 マスコミを始め、賢明なる国民ならば、明確に区別して考えるべきなのです。 さて、現在の価格高騰は、世界的な金余りによる投機資金が原油に向かっているからです。実体経済を反映していない。 自分だけが儲かればよいとの中東王族や、あぶく銭で儲けた米国・中国・ロシア・インドなどの一部富裕層による意地汚い金漁りがもたらした世界的な混乱なのです。 その原因と犯人を究明糾弾することも必要ではあるものの、それが解ったとしても問題の解決は簡単ではありません。 一方、現実となっている原油の高騰は、確実に軽油やガソリンの価格に跳ね返ってきています。 日本においては、ガソリンの価格はそれほど問題では無いと私は思っています。高ければ使わなければ良いのです。 田舎に住んでいるから、車がないと生活ができない。そう主張する人もいます。私も、そんな田舎に住んでいます。 しかし、彼らも、数年前までは、一人が1台ずつの自家用車を持っていたわけではないのです。贅沢に慣れ、 それがあたりませと思っているのでは無いでしょうか。請託に慣れた者の奢りです。節約は可能なはずです。 しかし、軽油は話が違います。 自家用車に軽油を使うユーザーもいますが、それは少数なのでとりあえず別にして考えるべきです。 軽油の圧倒的に多い消費者は、運送業を中心とする企業ユーザーです。 そして、軽油の価格は運送事業の変動費です。軽油の高騰は運賃に跳ね返る。つまりは、物価に、庶民の生活に影響を与える ことになるのです。 国会がねじれています。政府は、野党との権力争いに汲々としています。でも、そんなことをしている場合では無いのです。 国民の安全と生活を守るために政府はあるのです。そのために、国民は税金を払っている。よって、税金を払うことが国民の義務になっているのです。 政府は、国民に安全で不安の無い生活を保障しなければならないのです。 今の原油価格は以上です。正常な経済活動において価格が上がっているのならばしかたがない。しかし違うのです。まさに、緊急事態になっているのです。 パンダが死んだから、代わりのパンダを借り受ける。そんなことはどうでも良いことなのです。 軽油の価格を安定化させ、物流費を安定させ、物価を安定にすることが、今まさに、政府にとっては最重要な課題であるはずです。 緊急経済対策として、軽油の税率を免除し、高くても100円を超えない金額に押さえ込む政策を、首相を始め、政府の閣僚が、本当に政治家であると言うのならば、行うべきです。 そのための財源は、ムダの排除や、多過ぎる政府系企業や団体の整理統合で生み出せば良いのです。 仮に、足らなかったら赤字国債を発行しても良いのです。国民は理解をします。 そもそも、赤字国債を引き受けるのは国内の金融機関や企業です。海外から資金を調達するのでないのなら、借金とは言っても、家の中での話です。本当の意味での借金では無いのです。 後世に憂いを残すと気にすることなど、まったく無いのです。 現在の原油価格は異常です。極端な言い方をすれば、世界中の国々の政府が無策だから起こっていることなのです。 福田政権は、原油高騰に対する緊急経済対策を即時に実行しなければならないのです。 |
| ガソリン価格【一石三鳥の名案あり】 2008/05/01 |
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ガソリンにかかる暫定税率が今日から復活しました。
この暫定税率を当てにしている県や市町村からの復活要求が強いことと、世界的な原油価格の高騰によるガソリンの値段に悲鳴を挙げていた一般消費者の値下げ要求との 狭間に、政府も苦慮したと思います。苦渋の選択であったとのことと、理解をとの政府発表もありました。 今回の混乱は、国民の生活を守るために政策論議をするのではなく、政権が取りたいとの我欲だけで妨害している民主党の責任であることは明白です。 無知無責任なテレビマスコミが、誤解に無理解を重ね、まるで政府側に問題があるかのごとく面白おかしく報道しています。それを、正しい報道であると勘違いする一般民衆が多いことは、悲しくさえあります。 それはそれとして、今回の問題を解決するには良い案があります。政府にも、頭の良い人はいるはずなので、私が言わなくても、誰かが気づいて言い出すかと思っていましたが、今日になっても、まったく動きが無いので、ここに書きます。 暫定税率は、少なくとも今年一年は復活しなければなりません。理由は、今年度の国家予算、地方行政予算はすでにできあがっており、今から変更が不可能であるからには、少なくとも、今年度は復活するしか方法は無いのです。 よって、3分の2の賛成による可決は正当です。憲法に保障されている規定なのですから。 本件についての民主党の発言を聴いていると、幼稚な倫理矛盾があります。 『数の論理で強行採決するのは不当だ』 しかし、政府は、3分の2以上の数で可決しました。それを、民主党は、2分の1の数で否決しているのです。それを、どうして非難することができるでしょうか。 今回の可決が不当ならば、参議院の否決はもっと不当です。3分の2以上で否決していないのですから。それを、平気で主張する民主党の議員達は狂っています。 さて、話を戻します。可決により、ガソリン価格は上がります。理性的な国民は、仕方がないと思うでしょう。ただ、嬉しくはない。 そもそも、現在の異常な原油高騰に対する経済対策が、まったく議論されていないことが不思議です。すみやかな緊急経済対策が必要なのです。 そこで、暫定税率は復活させ、地方への交付税も復活させた上で、緊急経済対策として同額を緊急減税をするのです。 暫定税率とはまったく別の緊急減税ですから、その財源には暫定税率による資金は使いません。別途、ムダの排除や歳出の削減、足らなければ、赤字国債を発行しても 良いでしょう。なにしろ、緊急事態なのです。 そして、その法案を衆議院で可決し、参議院にまわすのです。 民主党は、なんでも反対戦略を進め、破廉恥にも審議拒否を押し通そうと考えるでしょうけれど、この法案に関してはそれは出来ません。 サボタージュの審議拒否をすれば、減税がそれだけ遅れることになるし、否決すれば、民主党がガソリンを値上げしたことになるのです。 嫌でも賛成の可決をするしかないのです。 暫定税率が復活し、地方にお金が廻る。消費者はガソリン価格が下がる。民主党は可決するしかなく、戦術的に敗北となる。 政府にとって、まさに、『一石三鳥』の名案でしょう(^0_0^) |
| 外資規制は是か非か 2008/04/26 |
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Jパワーへの外資規制が発動されました。
10%を越える外資の投資には、政府への申請と認可が必要。これが、日本の法律です。 政府は、中止を勧告しましたが、外資はこれを拒否。政府は投資禁止を発動するでしょう。 政府の中でも、官僚系の閣僚は賛成、経済の専門家である閣僚は疑問のコメントをしていて判断が分かれています。 新聞マスコミの報道はおおむね規制に反対。ロイターでの読者アンケートでも60%が規制に反対しています。 海外の反応はどうでしょう。マスコミは日本政府のこの規制を、海外投資意欲を削ぐとの論調が多いものの、EU政府は理解を示しています。 一方、目立ちませんでしたが、注目される報道がありました。米国での規制の報道です。 そもそも、米国も、日本と同じく、10%を越える外資の投資には申請と認可が必要なのです。自由経済の旗手と一般には思われている米国にも、 規制はあるのです。 しかも、その報道は、 『従来、海外企業が米企業に出資する場合、10%以下であれば対米外国投資委員会(CFIUS)による審査が自動的に免除されていたが、新基準ではこれが適用されなくなる』 なのです。港湾や国家安全に関連する企業への外資の投資は、10%以下でも規制対象とするとの報道なのです。 現在の日本の大きな流れは『規制の緩和』です。世論もおおむねその方向でしょう。 でも、本当にそれが正しいことなのでしょうか。 世界の秩序は、今、大きく変わろうとしています。 これまでは、世界秩序やルールを決めていたのは、『欧米の価値観』です。しかし、中国を始めインドや中東諸国など、欧米とは異なった価値観を持つ国が 経済力を付けてきています。はっきり言って、それらの国は、『わがまま』です。他国には規制緩和を要求し、自国に対しては他国を徹底的に規制する。 いつまでも、『規制緩和は正しい』との、これまでの常識にとらわれていて良いのだろうか。 私は、簡単には出せない結論と思っています。 |
| リビアでの行政改革 2008/04/22 |
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インターネットの国際ニュースで、おもしろい記事を見つけました。
日本の新聞やマスコミは報道していないので、無視されています。ほとんどの日本人はそれを知らない。 リビアの実質的な大統領である「カダフィ大佐」が、行おうとしている政策です。 彼も、日本と同じく、役人の腐敗による問題に気がつき、頭を痛めていたのでしょう。こんな政策を発表しました。 「国防など、ごく一部の政府機能を除き、政府の機関をすべて廃止する」とのことなのです。 そして、これまで、そんな政府を支えてきた予算を、すべて国民に支払うとのことです。 その金額は、毎月9万円弱の金額です。 税金を取るのではなく、国民に税金を毎月払うというのです。 リビアは産油国です。そもそも、税金は無い国です。油を売ったお金で、国防や教育など、国民のための行政の費用をまかなってきました。 それを良いことに、役人が腐敗した。そこで、大佐は、すべての行政サービスを停止するかわりに、そのお金を国民に払うと言い出したのです。 教育もゴミの処理も、政府はしない。それは、国民が、もらったお金で自分で対応しろと言っているのです。 これって、究極の民主主義では無いでしょうか。 もちろん、うまくは行かないでしょう。この政策が実際に行われることは無いと思います。実現不可のなのですから。大佐の役人に対する警告と私は思います。 でも、実際には動き初めているようなのです。 日本のマスコミはほとんど無視していますが、一種の実験として、注目が必要と思っています。 |
| 『聖火リレー』妨害は良くない 2008/04/22 |
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各地で、聖火リレーが行われいます。時を同じくして、チベットでの弾圧がありました。
チベット民族への弾圧には、歴史があり、複雑な問題を抱えています。 その中国で、8月にはオリンピックが開催されようとしています。このチャンスに、非道を訴えようとするチベット民衆の気持ちは解らないではありません。 でも、違うと私は思います。 チベット弾圧とオリンピックは別の次元の話です。 敵である中国が主催する聖火リレーのチャンスをとらえ、アピールしたい気持ちもわかります。信条や主張を述べることが正当な権利と考える日本人ならば当然のことでしょう。アピールすることは間違ってはいません。でも、妨害することは正当化されません。 中国政府のかたくなな態度は私も嫌悪します。でも、平和の祭典であるオピンピック関連の行事を、暴力で妨害することは間違っています。 世界が注目する聖火リレーですから、アピールをする場として活用するのは良いのです。でも、手法が良くないと思うのです。 まもなく、長野での聖火リレーが行われます。長野の関係者には、彼らが、正当なアピールをする場を与えてやってほしいと思います。 そして、チベット民衆を守ろうとする皆様には、リレーは平和りに実行させてほしいと言いたい。 中国政府が理不尽なことは、世界が解っています。理性を持って、主張するべきは主張し、過激な行動は慎む。それが、大人に求められていることではないでしょうか。 |
| ガソリン価格の混乱、『ばかじゃ無いの』 2008/04/16 |
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暫定減税率延長法案が可決できず、25円強が実質的に減税になりました。
それはそれ、いたしかたのないことです。 でも、その後のマスコミ報道と、アホらしい混乱。マスコミも政治家も国民も、みんな『バカ』なのではないと、私は思います。 4月1日から税金が掛けられなくなった。結果、25円強が値下げになります。 でも、ガソリンスタンドや元売りは、スタンドの在庫は課税済みだから値下げは出来ないと言い、値下げしたらスタンドが赤字になると大騒ぎ。マスコミは、それを面白がって注目し、あのスタンドは下げた、このスタンドは下げないと、報道して喜んでいます。政治家までも右往左往。民主党など、自民党の失策とばかり、混乱の責任が政府にあると偉そぶっています。 ちょっと待って。みんな、計算する能力がないの? 3月末時点での在庫は、たしかに、25円強高く仕入れている。それを、4月1日から、税抜きで売れば損になる。 でも、今の予定では、遅くとも6月1日からは元に戻る。自民党の方針です。 では、6月1日の価格はいくらなのか。 6月1日まで、3月に仕入れた在庫が売り切れない努力不足のスタンドは別。普通は、税抜きの価格で仕入れた在庫です。 在庫があるからと、安く売るのでしょうか。 マスコミがおもしろおかしく騒がなければ、一般国民は必要なときにガソリンを買います。スタンドの営業が普通ならば、3月末の在庫と、5月末の在庫は、特別な操作をしない限り同じはずです。 在庫云々は無視して、4月から値を下げ、6月から上げれば、4月の損を6月で取り戻して同じなのです。 税率が下がった期間(4月と5月)、消費者が得をして、その税金を当てにしていた、道路関連企業が損をするだけ。ガソリンスタンドの経営にはなんの影響も無いはずだったのです。 社会状況に応じて、需要に応じて在庫をコントロールするのは経営者のつとめです。有能な経営者は在庫を調整して利益を得る。無能な経営者の店は損をする。これは当然のことだったはずです。 それを、マスコミが騒ぎ、幼稚な民主党を始めとする政治家が騒ぎ、ガソリンスタンド経営者ばかりではなく、有能な社員がいる大手企業である元売りまでが真相に気がつかず踊らされた。 混乱は無知によって造られた。私にはそうとしか思えません。 無知蒙昧なマスコミと民衆。日本には、普通選挙による民主主義は無理なのです。今の日本の国民の大多数は、民主主義を実現できるほどの知力や見識、能力は無いのです。民衆は愚民なのです。 愚民に参政権など与え、普通選挙を行ってアホな議員を先生と呼び奉り、国政を任せるなどは、愚の骨頂なのです。 |
| 『21世紀は中国の時代』は、『夢』だったのか 2008/04/15 |
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6年前、中国の赴任地から帰国する前の日、中国人スタッフ達の送別会がありました。
老齢化している日本からの駐在員に比べ、現地で雇用したフタッフはみな若者達です。 最後の挨拶の時、私は『20世紀は日本の世紀だった。今、21世紀になり、世の中は変わろうとしている。21世紀が、中国の世紀になる可能性は高い。君たちの若い力が、それを現実の物とするだろう。がんばって欲しい』と、スピーチしました。 この発言は嘘ではありませんでした。それを伺わせるだけの、エネルギーが感じられたからです。 今、ここに来て、チベットの問題を始め、そもそもが複合民族で構成(国の名前も「中華人民共和国」です。漢民族中国ではありません)されていながら、漢民族が、共産党という組織を後ろ盾に君臨する体制にほころびが見えてきました。 漢民族に言わせると、日本人も、漢民族に従属する少数民族の一つです。経済的に実力を持つ日本ですから、強いことは言えていないだけです。日本は、台湾と同じように、中国本土周辺にある島であり、中国の一部と思っているのです。 チベット紛争、これが、中国、いえ、漢民族の意図する通りになったら、次は台湾の併合です。 漢民族中国が、経済的にも軍事的にも実力を付けたら。韓国と日本にも、台湾に要求していることと同じことを要求してこないとは限りません。いえ、間違いなく、日本は、かつて(卑弥呼の時代)、中国の属国だったのだから、中国領だと言い出すでしょう。 でも、そうは問屋が卸しません。 かつてのソビエトがそうだったように、中国は崩壊するでしょう。民族の独立機運が高まり、13億中国国民の中では、一部でしかない漢民族だけでは押さえきれなくなるでしょう。 案外、早いかも知れない。21世紀が、中国の時代となる前に、分裂崩壊するのではと思うようになりました。 |
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