河童駒引と骨継
掲載日:2008年12月30日

群馬県太田地方の伝承より

「先生。太田には、独特のおとぎ話とか民話とか、あるんですか」
「昔話とか伝説、伝承などの民話は、どちらかというと山奥とか漁村とか、比較的に環境が厳しいところに多いよね。冬、雪に閉ざされてしまう東北地方などには、お爺さんやお婆さんが、外で遊べない子供たちを集め、囲炉裏端でした多くの民話が、今でも語り継がれているよ。でも、太田は、どちらかと言うと豊かな農村地帯だったし、冬も閉じこもるほど寒くもなかったから、独特のお話はあまり聴いたことが無いなぁ」
「無いんですか……」
「でもね、太田は、日光例幣使街道が通っていた宿場町だった、他の地方から多くの人が行き来をしていたから、そんな人達からお話が伝わっていたと思うよ」
「ほかの地方と同じ民話が、太田にも伝わっているんですか」
「同じお話なんだけど、民話はね、親から子供へ、口伝えで伝わるから、どうしても、その地方の人の気持ちとか自然環境とかが、その民話に影響を与えて、少しづつ変化して伝わっているってことが多いんだよ」
「元は同じ民話だったのが、太田に伝わって変わってしまっているってこと」
「そうだね。例えば、河童を知っているよね」
「水に棲んでいる妖怪でしょう」
「まあ、妖怪や化け物の一種だけど、水の神様みたいな要素もある全国的なキャラクターだね」
「太田にも河童の民話が伝わっているの」
「『群馬のおもしろばなし』という本に、藪塚に住んでいた明治31年生まれの船生せいさんという女性から聞き取ったお話が記録されているよ」
「どんなお話なの」
「河童の民話は、明治時代の終わりくらいから、民俗学のテーマとしてずいぶん研究されていてね。全国の伝承が詳しく分類されているんだけど、その中で『河童駒引き』というお話と『河童の骨継ぎ』という話があってね、『河童の骨継ぎ』の方は、『河童の傷薬』という類似の伝承もあるんだけど、この藪塚のせいさんが覚えていたお話は、二つの伝承が一緒になっているんだよ」
「一緒になってる。混ざっちゃっているということ」
「まあ、そういうことだね」
「そのお話、聴かせて」

河童駒引と骨継

 トントン、トントン。
 戸口の方から聞きなれない、小さな音が聞こえた。
 ちょうど夕食を食べていた時である。夫の『岩蔵』は、大好物の鰺の干物から身を剥がそうと、無心に箸を使っていたので、その音には気がつかなかったのだが、妻の『いと』が気がついた。
「おなた、だれか、戸を叩いているみたいよ」
「今日みたいに寒い日に、人がくるはずがないべ」
 トントン、トントン。
 今度は、少し大きな音が聞こえてきた。
「うん」
 岩蔵もその音を聞きつけ、不思議そうな顔でいとを見た。
「あなた、気味が悪いよ。行って見てきてくださいな」
「おとうちゃん、あたしも気味が悪い」
 娘の『ゆき』にまで言われて、岩蔵はしぶしぶ腰を上げた。
(こんな日に何の用なんだ。まったく、人迷惑だべ)
 岩蔵は、食事をしていた板張りから土間に降り、庭下駄をつっかけて戸口に近づいた。
 現代のように治安の良い時代ではなかった。ただ、夜盗が出没するほどの田舎ではない太田だったから、それほど警戒をしてはいなかったが、それでも、簡単に戸締りを開けたりする岩蔵ではない。
 戸口は引き戸である。戸締りは、柱と戸板との間に当てているしんばり棒だ。この棒を外すと戸は開けることができる。
 岩蔵は、まず、しんばり棒をしっかりと握り締めた。握るだけで外さず、戸の外に声を掛けた。
「だれじゃ。こんな夜分に。ここは岩蔵の家だ。俺になんぞ用なんか」
 ちょっと間が空き、小さな、少し甲高い声が答えた。
「はい。岩蔵さん。お願いがあってよさせてもらいました」
 なんとも妙な声だった。その声の高さは、子供の声のようでもあるのだが、老人の様に少しくぐもってもい、不気味な湿り気すら感じられる声だった。
(気持ちの悪い声だわい)
 ぶるっ。背筋が震えるように感じた岩蔵だった。
 相手が、知っている村人だったら、すぐにしんばり棒を外して戸を開けるところだが、相手が誰だか判らない。しかし、危害を加える目的の盗賊のようにも思えなかった。
 岩蔵は、しんばり棒を持ったまま外し、いつでも武器として使えるように構えてから、引き戸を開けた。
 曇った寒い冬の夜である。外は暗い。家の明かりも、行灯が2台置いてあるだけなので明るくは無い。外に立っている声の主を良く見ることはできなかった。しかし、どうやら、子供くらいの背丈しかないように思えた。
「そこじゃ、見えねぇ。中に入んな」
 岩蔵が声を掛けたが、すぐには入ってくる様子はなかった。
「はい。入ってもいいんですが、私を見ると驚かれると思いますので、入る前に、私が何者なのか、聞いてください」
「驚く。おめえを見ると驚くっていうのか」
「はい。道などでばったり会ったりしますと、たいていの方は驚きます。逃げ出すとか、気の弱い方なら、気を失ったりするんです。いつもだったら、それでもいいんですが、今日は、じっくりとお話をしたいと思いますのでそれでは困ります。名乗らせてください」
「俺も、この村では気の強い男で鳴らしている。たいていのことでは驚きはしねえが、奥には女房も子供もいらあ、驚かしたんでは可愛そうだ。判った。名乗りねえ」
「有難うございます。それでは、名乗らせていただきます」
「おう」
「私は……」
「なんだよ、早く名乗りなよ」
「はい。私は……。私は河童なんです」
「な、なに。河童って言ったかい」
「は、私は河童です」
「な、なんだい。その河童が、俺に恨みでも有って来たって言うんかい」
「いえいえ、めっそうもない。お願いがあってやってきました」
「お、おお、そうかい。危害を加えようってんじゃぁないんだな」
「はい、そんな気はまったくありません」
「そうか。それじゃあ。入りねぇ」
 本当は、恐ろしさに気も動転して、頭がボーッとしていた岩蔵だが、なにしろ、後ろには女房と娘が見ているのだ。みっともない姿を見せるわけにはゆかない。必死で気を落ち着かせ、後ろに下がって、河童が入ってくるのを待った。
「おじゃまいたします」
 とても礼儀正しく、河童は小さな体で土間に入ってきた。
(え。河童は恐ろしい姿と思っていたが、怖くはねぇなぁ。まるで子供だ)
 イメージしていた姿とは違い、小太りのおとなしい少年のような姿の河童を見て岩蔵は思った。

 家に入ると河童は、訪問の理由を語り始めた。

 岩蔵の家は、地域でも裕福な農家であり、土地も広く持っていたことから、農作業を助けさせたり、作物を運ぶために馬を飼っていた。
 その馬を、今日の夕方、渡良瀬川に水浴びをさせに連れて行っていたのだ。
 一通り馬の身体を洗ってやり、一服たばこを吸っていたとき、幼馴染で桐生の農家に婿に入っていた農夫が通りかかった。
「おう。茂重。久しぶりだな」
「おや。岩蔵かぁ」
 懐かしさから、小半時(30分くらい)話し込んでいた。
 すると、突然、馬が
「ヒッ、ヒーン」
 けたたましい泣き声を上げ、川から道に飛び出し、岩蔵の家の方に向かって駆け出したのだった。
「どうしたんだべ、岩蔵よぉ」
「なぁに、しんぺえすることはねぇ。頭の良い馬だ。何かに驚いたんだろうが、自分の家さ知ってるやつだから勝手に戻ってるべ」
 以前にも同じようなことがあったことから、岩蔵は心配はしていなかった。
 事実、茂重と別れ、家に戻り、厩を見ると、馬はしっかりと戻っていた。
「ほんとうに、おめえは頭のいい馬だなぁ」
 馬の手綱をしっかりと結びつけ、馬には飼葉をたっぷりと与え、家に入っていたのだ。

「実は、夕方、岩蔵さんの馬を川の中に引き込もうとしたのです」
「なに、悪さをしかけたってことか。そうか、それで、驚いて逃げ帰ったのか」
「はい、そうなんです。そうなんですが、馬をしっかりとつかもうと、尻尾を手に絡ませて引っ張ったところ、普通の馬なら、それで引き込めるんですが、おたくの馬は力が強くて、逆に、私の手が千切れ、尻尾に絡まったまま逃げられてしまったんです。それで、この通り、片手が無くなってしまっています」
 河童の右手は、肩の所から抜けて無くなっていた。
「それで、片手を返してもらおうと、お願いにあがりました」  話を聞いて驚いた岩蔵は、厩に行ってみた。すると、確かに、馬の尻尾には、河童の抜けた右手が絡まっていた。
 河童の手を持って土間に戻ってきた岩蔵だったが、すっかりと落ち着きを取り戻していた岩蔵は怒っていた。
「返してくれだと。見かけはおとなしそうな河童だが、根性は悪い河童だ。俺の大切な馬を、引き込もうとしたなんてことを知ったからには、この腕は返してやらねえ」
「お怒りはごもっともですが、そこをなんとか勘弁していただけないでしょうか。今後二度と馬を引き込むようなことはいたしませんから」
「いやぁ〜、信用ならねえ。それに、抜けてしまった腕なんて、返したってどうしようもねえべ。お前が二度と悪さをしないよう、この腕は村の鎮守の社の前にさらし者にしてやる」
「それだけはご勘弁ください。それでは、河童の仲間に戻れなくなってしまいます。それに、返していただいた片腕は、元の道り直せるんです」
「嘘をこくでねぇ。抜けて、折れて、外れた骨が元通りになるなんて、聞いたこともねぇ」
「それが、河童には妙薬があるんです。折れたり千切れたりした骨も繋がり、傷口もふさがって元通りに直す薬なんです」
「なに、そんなすごい薬が本当にあるだべか」
「本当です。腕を返していただけるのでしたら、その秘伝の薬の作り方を岩蔵さんだけに教えてさしあげます」
 腕を返す代わりに教えてもらった薬は、実際、驚くほどの効能を持っていた。
 農業を弟に譲った岩蔵は、この薬を使い、骨継ぎ医者となって近在の人達の骨折や怪我の治療にあたり、名医として慕われたそうです。

 終わり。

「普通の『河童駒引き』はね、馬を引き込もうとした河童は、手が絡まって逆に馬に引っ張られ、厩まで連れて行かれてしまう。そして、厩で馬が止まったひょうしに、馬の餌を入れる大きな飼葉桶が落ちてきて河童の上に被さってしまうんだ。水の中では力の強い河童なんだけど、陸の上、それも、馬に連れられて厩まで来るあいだに、頭のお皿の水分がすっかり乾いてしまい、力が抜け、閉じ込められてしまったんだよ」
「へ〜ぇ。河童のお皿は水を入れておくための物なんだね」
「桶の中に閉じ込められた河童は、人間に見つけられ、叱られ、悪いことはしないと約束させられ、しかも、お詫びにと、魚を毎日届けに来るようになった。そんな風なお話になっているのが一般的だね」
「お薬の方はどんなお話なの」
「『河童の傷薬』も、色々とパターンがあるんだけど、有名なのは、若い女性がトイレに入ると、下から手を出して、お尻を触る河童の話があるよ」
「へ〜、エッチな河童なんだ」
「それと、人が道を歩いていると、突然飛び出しつかみかかって脅かすというのもある。どちらも、いたずらな河童を退治しようと、武士が待ち構え、出てきた河童の腕を切り落とすんだ。河童は逃げてしまうんだけど、腕が残る。その腕を武士が自宅に持ち帰っていると、このお話みたいに、河童が訪ねてきて、返してくれと頼むんだよ」
「解った。返す代わりに、お薬の作り方を教えてもらうのよね」
「そうそう、その通り。このお話を伝えた藪塚のせいさんは、きっと、他の土地から来た人から聞いた二つの伝承を、一つのお話として記憶していたんだろうね」
「交通が発達していて、たくさんの人が通った太田だから、色々なお話を聞いていて、ミックスしちゃったのかも知れないわね」
「そういうことだろうね」

 明治31年生まれ新田郡藪塚の船生せいさんの話:上毛文庫「群馬のおもしろばなし」著者:井田安雄氏より




河童と民話館へ
hpmanager@albsasa.com Albert 佐々木