創作民話 カッパ柳の傷薬

掲載日:2003年9月21日
最終更新日:2005年8月19日

群馬県湯檜曽地域の伝承より

 今では、巨大な根の部分を残し、幹は中央から左右に割れ、倒れた巨木の残骸が二つ、半ば土に埋まっていて、年老いた巨木の面影をたたえている。
 生命力の強いその木は、倒れ、切り取られたであろうその幹の途中から、それぞれ、新たな枝が成長し、幹となって、20メートルを超える大きな木となって茂っている。その若木でさえ、おそらく40年は経っているだろう。

 群馬県の最北部、湯檜曽とよばれているこの山奥の村落には、阿部氏という豪族が住んでいた。いつのことからこんな辺鄙な地に住み着いたのかはさだかではないが、武士であることは間違いが無く、最初にこの地に住み着いた頃から、その当主に関する勇猛果敢な逸話が多数残っている。
 この柳の古木にも、そんな伝説が残っていた。

 古木には名前がついていて、地元では「カッパ柳」とよばれている。
 柳とはいっても、街路樹に使う「しだれ柳」ではない。どっしりと根を張り、巨木となる柳だ。

 何代目かの当主だった阿部新太郎は、背こそあまり高くは無いが、優れた頭脳と敏捷な肢体をもった武士だった。
 若くして当主になった新太郎は、やさしい性格だったこともあり、家人や家臣、周辺の民衆に対しても、威張るようなことはまったくなく、普段は、山の斜面を開墾した狭い畑にでて、自ら農作物を育てたり、渓流である湯檜曽川の魚を捕る。あるいは、銃を片手に山に分け入って獣を捕える、農民さながらの暮らしであった。

 あるとき、静かで平和な湯檜曽の集落に、どろぼうが出没するとのうわさがたった。
 庭で飼っていた鶏が姿を消したり、掘り出し納屋に入れておいた山の芋が、ごっそりと無くなっている。そんな事件が起こり出したのだ。
 村人たちは、きっと、南の町から、心がけの悪い食い詰めた泥棒が、この村に入り込み、盗みをしているのだろうと思った。そこで、数人が連れだち、交代で村を見回ることになった。
 湯檜曽川の渓流に沿って、南北に通っている街道の東西は温泉場であり、20戸ほどの湯治宿や民家が集まっていたが、他は、川の反対側や、いくぶん山の中に入ったところに農家がぽつんぽつんと点在している小さな村だったから、見回りをするといっても簡単ではなかった。東西は山であるこの村では、太陽は山の陰になり、日の出は遅く日の入りは早かった。
 村人たちは、暗くなりだす夕方から、ようやく明るくなる朝まで、夜通しの見回りをしているのだが、盗難は少しも減らなかった。
 見回りを始めて一月も経つころになり、村人たちは不思議に思うようになった。
 盗みをして、それを持って町に逃げている泥棒ならば、こんなにも長期間にわたって被害が続くはずがない。村に留まり、盗んだ鶏や農作物を食い、村の周辺に住み着いて暮らしているからこそ、盗難も減らないのだろうが、それならば、それらしい人の暮らしている痕跡があるはずだ。それがまったく見当たらなかったからだ。

 夜もすっかりと暮れ、真っ暗になた川縁を、松明を頼りに見回りをする農民の二人連れがいた。まだ若い権作と、その叔父にあたる喜十だった。
「権作よぉ。おめぇ、不思議に思わねぇか」
「なんのことだぁ」
「おれっちはもう一月も夜回りをしてるべぇ。なのによぉ、盗人はもちろん、野宿した跡もみっからねえなんて不思議だべぇ」
「そんだなぁ、鶏や米さ生で食ってるわけはねえなぁ。焼くか煮るか、火さ使った跡くらいあるべぇと思って、おれも気ぃ使って探してるがよぉ、見っからねえなぁ、確かに変だなぁ」
 話しながら歩いている二人の後ろから、そっと近づく影に、二人は気づかなかった。
 黒い影は、突然二人に飛びかかると、手に持った棒で権作の頭を叩いた。
「いてぇ」
 うずくまる権作をかばいながら、喜十が見たものは、人間の姿ではなかった。
「か、河童だぁ」
 喜十は気を失って倒れてしまった。

 朝になり、目を覚ました喜十が、怪我をした権作を背負って村人が集まる朝日神社に戻ってきたので、村中は大騒ぎになった。
 泥棒の正体が、人間ではなく河童だと解ったのだが、河童を恐れる村人は怖気づいてしまったのだ。
「人間ならばよぉ、みなで束になったかかれば捕まえることもできようが、河童じゃあどうしようもねぇ」
「おらぁ、恐ろしくて夜回りにはゆけねえ」
 今日が夜回りの当番になっている村人は、顔を真っ青にして言った。
「しかたがねぇ。新太郎さまにお頼みするしかねえべぇ」
 長老の発案で、阿部家の館に頼みに行くことになった。

「村に泥棒が出没するとは聞いていたが、河童のしわざだったとはなぁ」
 村人の訴えを聞き、新太郎は驚いたが、村人が困っているのに断ることもできない。
「よし、河童の始末はまかせておけ。今夜からは、夜回りは止め、家の戸締りをしっかりとするのじゃ。昨夜権作を襲ったからには、河童も凶暴になっておるじゃろう。今後は盗みだけでは済まないかも知れんからな」
 村人に用心を言いつけ、新太郎はその日から河童退治を始めることにした。
「お館さま。うかつにも河童になぐられ、おれは悔しくってなんねぇ。おれにお供をさせてくだせぇ」
 権作が熱心に頼んだので、新太郎は供を許し、権作が従者として付き従うことになった。

 この日から、新太郎主従の河童退治が始まった。
 始めの十日ほどは、河童の影さえも見つけられなかった主従だったが、十一日目から様子が変ってきた。
「権作。おまえは気が付かないか」
 前を向いて歩きながら、それとなく、新太郎は権作に話しかけた。
「お館さまも、気が付いていましただか。おれも、さっきから、後ろになにか気配を感じていましただ」
「うん、ずっと我らの後をつけている者があるぞ」
 それが、河童らしいことは二人も解っていたが、つけているといっても、かなり距離があり、振り向いて襲っても、捕まえることは難しいと判断した新太郎は、気づかない振りをして歩き回ることにした。
 それから三日目、それまでは、遠くからつけていた河童らしき者が、少しづつその間合いを詰めてきていた。
「権作。だいぶ近づいてきているようだ。おれが、エイと気合をかけたら、おまえは横に跳び、ぐるっと廻って河童の後ろに廻れ。俺は振り向いて河童目掛けて走る。河童は俺が釘付けにするから、おまえは退路を閉ざすのだ」
「解りましただ」
 後ろから近づかれたのにも気が付かず、殴られたのがよほど悔しかったのか、権作は河童探しをする合間に、新太郎に頼んで剣術の稽古をつけてもらっていた。
 もともと、山歩きで鍛えられた頑強な身体の権作だったから、新太郎から要所をつかんだ丁寧な指導を受け、今ではかなりの腕前になっていた。今日の権作は、河童を恐れたりはしていなかった。
「エイ」
 するどい気合を発し、主従は俊敏に動いた。
 隙があれば襲おうと、手には石の棍棒を持ってつけていた河童だったが、二人のすばやい動きに驚き、足がくすんで動けないうちに、前後を挟まれてしまった。
「やい河童。これまでじゃ。おとなしく捕まれ」
 新太郎の呼びかけに一瞬はひるんだ河童だったが、手にした棍棒を振りかざし、新太郎に向かって飛び掛った。
「ヤァ」
 新太郎の発した二度目の気合が、谷にこだまして返ってきたのと、河童が地面にたたきつけられる音が同時に響いた。
 転んだ河童を目掛け権作が飛び掛り、馬乗りになって河童の頭を殴りつけた。
「このやろう、よくもおれに痛い目をあわせてくれたな」 「よしよし、もう良いだろう。縛り上げ、朝日神社に連れてゆこう」
 河童を縛り上げて二人は、村人が集まる朝日神社へと向かった。

 神社に着いたのはまだ朝も早い時刻だったから、村人はまだだれも起きてきてはいなかった。
 境内にある、大きな柳の木に河童を縛りつけ、ほっと一息、二人が休んでいると。
「もうし、お武家さま。わしは覚悟を決めたが、言い訳がある。聞いてくれ」
 河童が新太郎に話しかけた。 「おれが、村の衆に迷惑をかけたのことは悪かったと思っている。しかし、しかたがなかったんじゃ」
「しかたがなかったと申したのう。盗みをしたのにはわけがあると言うことか」
 新太郎が河童に問うと、河童は盗みのわけを話し始めた。
 その河童は、年老いた母河童との二人暮しだったのだそうだ。
 二人して、川の魚を捕ったり、川岸の草を摘んだりと、これまでは、人間には迷惑をかけずにずっと一緒に暮らしていたのだが、母親が病気になってしまった。息子の河童はその看病もしなくてはならず、一人で二人分の食料を確保することも難しい。しかたなく、悪いこととは思いながらも、村人の作物を盗んでいたのだと、涙ながらに訴えたのだった。
「ほ〜ぉ。そんなことになっておったのか」
 そもそもが心優しい新太郎だったので、ついつい、話に引き込まれてしまう。
「そんだら、なんで、おれの頭さ、なぐった」
 河童に怪我をさせられているだけ、権作は素直には話を聞く気にはなれなかった。
「ちょうど、あの日に、お袋が死んだんだ。たった一人の身内に死なれ、気が滅入っていたところに、二人が通りかかった。むしゃくしゃして、つい、あんなことをしてしまった。すまん、あやまる。権作どん」
 権作も、母親と二人暮しだった。その母親が死んだら、自分もそんな気になるかもしれないと思ったのか、権作もしょんぼりとしてしまった。
「それでおまえ、親御さんに死なれ、これからどうするつもりだったんじゃ」
 新太郎の問いに、こんどは河童が答えた。
「村の衆には迷惑をかけた。こっそりと他国に逃れ、余生をおくる気だった」
「なるほど、そんなとき、わしらが出張ったので、逃げるに逃げられなかったということか」
 村人が起きてきたら、見せしめに殺そうと思っていた新太郎だったが、河童がかわいそうに思えてきた。
「おまえが、本心、悪いことをしていたと思っていたことはわかった。そして、他国に逃げようとしていたこともわかった。聞けば、不憫な状況だったこともな。権作、おまえはどう思う」
「へい、お館さま。おれにも河童の気持ちはわかりますだ。村の衆が起きてくる前に、逃がしてやったらと思います」
「よく言った。おまえも心優しい男よのう」
 主従の話をうなだれて聞いていた河童が、顔を上げた。
「わたしを逃がしてくれる。本当にか」
「おう、おれも、こんな田舎暮らしではあるが武士だ。武士に二言はない」
「ありがたい。捕まったからには、殺されてもしかたがないと思っていた。だが、死んだお袋の墓も作らないうちにわしまで死んだらと、心残りじゃった。お礼といったらおこがましいが、わしの力のかぎり、今わしが縛られているこの柳の木に、霊力を込めて残そう。この柳の実を粉にして用いれば、どんな傷にも効く薬になるじゃろう」

 縄を解かれた河童は、柳の木に向かって、霊力を込める儀式をとりおこない。新太郎主従になんどもなんども頭を下げながら立ち去って行った。

 その後、館の手代に取り立てられた権作が、この河童伝授の傷薬を造り、安価な値段で売ったことから、周辺の民衆からはありがたがられ、阿部家も、薬造りの家として長く栄えたとのことだ。


河童と民話館へ
hpmanager@albsasa.com Albert 佐々木