二反の白生地
「先生こんにちは」
「こんにちは、おおたん。今日はね、昔話ではないんだけど、群馬県内のあちこちで伝わっているお話を紹介するね」
「あっちこっちですか」
「そうなんだよ。伝わっている場所によって、題材になっている物や登場人物の構成が違ったりしているんだけど、テーマは同じなんだね。最初に作られたお話が、どのお話かは今ではもう判らないけど、教訓として良くできたストーリーと感じた人が多かったんだろうね。それぞれの土地に合わせてアレンジして伝えたんだね」
「ふ〜ん。それだけ価値があるお話ってことよね」
「そんなお話の、太田地区版があるんだよ。『群馬のおもしろばなし』の中に、『二反の白』として五話収録されているんだけど、その中に、太田の鳥山で明治43年に生まれた天笠弘祐さんが語ったお話があるので紹介するね」
「はい。お願いします」
「ねえあなた。今日という今日は、もう、私我慢できないわ」 「また母さんと喧嘩かい。困ったもんだが、それでなんで、金がいるんだい」 「喧嘩じゃあないわよ。お母さんたら、私が言うことはなんでも気に入らないんだから。意地になって違うって言い張るのよ」 「そんな、いつものことじゃないか」 「いつものことって、今日のは特別なのよ。私はぜったい間違っていないのに、鼻で笑って馬鹿にするんだもの、悔しくって悔しくって」 妻の『うめ』は泣じゃくりながら夫の『太助』に攻め寄ったのだ。 うめは、夫にお金を出してくれと頼んでいるのだ。 「なにに使う金なんだ」 「木綿の白生地を一反買いたいの」 「白生地。買ってどうするんだ」 「私の言うことなんて、聞く耳持たないんだもん。それでに、考えたのよ、手習所の新右衛門先生の言うことならば聴くんじゃないかと」 「はは〜ん。新右衛門先生に、お前の言うことの方が正しいって言ってもらう礼にするんだな」 うめが、太助に嫁いできてから、すでに1年半が経っていた。夫婦仲はもうしぶんなく良いのだが、太助の母親である姑『きぬ』にはなぜか、嫁のうめのことが気に入らない様子で、事あるごとに嫁と姑はいがみ合っていた。 今日の昼過ぎのことだった。夫の父親に思わぬ臨時収入があり、朝食のときにこんな会話が交わされた。 「おい、太助よ。お前たち夫婦も夫婦になってもう1年以上が経ったろ。そろそろ孫の顔が見たいんだが、兆しは無いのか」 「おやじよ、俺も早く子供が欲しいとは思ってるんだが、こればっかりはなあ」 「おまえ、呑龍さまにはお願いしたんかい」 「大光院の呑龍さまかい」 「そうよ。昔から『子育て呑龍』ってな、子供が欲しい夫婦が熱心に信心すると、良い子に恵まれるって言われてる。今日はな、大光院の開山忌の祭礼の日よ。ちょっと金があるしな、それにお前にやるから、お布施をしてお祈りしてもらって来い」 ということになり、本来ならば、太助とうめ、夫婦二人で参詣に行くところなのだが、折り悪く、太助の方には、村の青年たちの集まりがあり出かけて行けなかった。 このところ、嫁と姑の間には波風が立っておらず、比較的に良好な関係が保たれていたこともあり、女二人で参詣することになった。 早めに昼を食べた二人は、仲良く連れ立ち、大光院に向かった。 鳥山の自宅を出て金山の山麓にある大光院まで、それほどの距離ではなく、お天気も良く、散歩気分で機嫌よく出かけた二人だったが、途中の大島あたりの道端に、道陸神様があり、真新しい大きなわらじが奉納されていた。 それを見た驚いた姑が言った。 「まさか、でかいわらじがあがっているなあ」 すると嫁が、 「あがってるんじゃねえよ。おかあさん、あれは上からさがっているんだがね」 『あがっている』と言ったことを『さがっている』と言われたので姑はかっとなってしまった。 「あれは、お願生をかけた人があげたんだ」 「いや、くぎにひっかけてぶらさがっているんだ」 わらじは釘に掛けて『ぶら下がっている』のだが、願掛けのために奉納するのだから、『あげている』も正しい。どちらも間違ってはいない。観点が違っての言い方を争っているだけなのだが、水掛け論にしかなりはしない。結論などでるはずはないのだが、興奮した二人には、冷静な判断などできず、大光院に行くことなど忘れ、そのまま引き返して家に帰ってしまったのだった。 家に帰った姑は我慢がならなかった。しかし、帰り道、お互いに自分が正しいと言い合って結論がでなかったのだから、このまま夫や息子を巻き込んで論争をしても嫁は折れはしないことは判っていた。 「そうだ、嫁が言い返せないような、偉い人に、はっきりとおれの方が正しいと言ってもらえばいいんんだ」 そう思ったきぬは、夫から預かったお布施のお金で白木綿の反物を一反買い、村で子供たちに手習いを教えている先生のところに出かけて行った。 「先生にお願いがあってやってきました」 「なんだい。ずいぶんと真剣な顔つきじゃないか。はは〜ん。また嫁ともめたんじゃな」 「もめてなんかいませんよぉ、先生」 「じゃあ、なんだい」 「道陸神様のわらじのことなんです」 「道陸神様ぁ……。おお、大わらじが奉納されておったな」 「それなんです。私が、『でかいわらじがあがっている』言いましたんです。そしたら、嫁のやつ、『さがっている』ゆうて聴かんのですわ」 「『あがっている』と『さがっている』かぁ」 「へえ。それで、これは、些少ですが、先生にお納めいただいて」 きぬは、一反の白生地を差し出した。 「なるほど。これで、きぬさんの言い分が正しいと、わしから言うて欲しいんじゃな」 「はい、そうです」 白生地一反を受け取ってもらったきぬは、にこにこしながら帰っていった。 すると、こんどは、嫁のうめがやってきた。 「先生にお願いがあります」 「ほ〜ぉ。なんじゃい」 新右衛門には、うめの来訪の目的は察しできた。先にきぬが来たことなど、知らぬ振りで、これまた、白木綿一反を受け取ったのだ。 うめが家に帰ると、姑のきぬが待ち構えていた。 「うめや。道陸神様のでかいわらじのことじゃがの。言い争っていてもらちがあかねぇ。手習所の新右衛門先生にきっちりと白黒付けてもらおう」 と言い出した。これを聞いたうめは、 (しめた。お母さんが言い出さなけりゃ、私から言うところだった) 思ったうめは、もちろん、すぐに賛成し、二人で手習所へと出かけて行った。 まず姑のきぬの方が、 「先生、道陸神社のわらじは、どなたかがお願生をかけてあげたんですね」 ところが、先生は、だまって頭を横に振った。 そこで、嫁のうめが、 「大きいわらじを作って、さがっているんですよね」 とたずねた。すると、先生はやはり、頭を横に振って違うと言ったのだった。 二人は、びっくりして、声を揃えて、 「じゃあ先生、どうなんです」 と聞くと先生は、 「あれは、あげたもんじゃねえし、さげたもんでもねえ、あら、富士の巻狩りだ」 と答えた。 なにを言っているのか解らなかった二人は、 「先生それは、どういう意味ですか」 と聞いたところ、 「二反の白、ただ取りこう」 とだけ言って、家の中に戻ってしまった。 何がなんだか解らない二人は、家の戻り、舅にその話をすると、 「なぁるほど。先生はうまいことを言う」 大笑いをした。 これを聞きつけた息子の太助が部屋に入ってきて、父親から話を聞くと、まだ、意味が解らずきょとんとしている二人に向かって説明をした。 「母さん、うめ。曾我兄弟の『富士の巻き狩り』って芝居を知っているだろう」 「知ってるけど、それがなんで、でっけえわらじと関係するんだか解からね」 「富士の巻き狩りの仇討ちには、武将の新田(仁田)忠常が登場する。この方を、別名で『にったの四郎(しろう)ただとり』と言うんだ。ほれ、『二反の白ただ取り』のしゃれだよ」 大声を上げて笑いあう男たちを見ているうちに、きぬもうめもなんだか可笑しくなって大声を上げて笑い出した。 「お母さん。私、嫁に来てから、こんなに笑ったのは初めて」 笑い過ぎ、目に涙まで浮かべてうめは言った。 「うめさん。私も、嫁の躾が肝心と思って、いつも目を光らせていたんで、大声を上げて笑うことはなかったねぇ」 と、きぬも答えた。 「笑うって、楽しいですね。お母さん」 これまで、ばかばかしい嫁と姑の争いをしていたと気がついた二人は、それからは、いつも仲良く笑いあう、良い姑と嫁になったとのことです。 |
「このお話はね、太田では『おおきいわらじ』なんだが、利根郡では、季節行事のお彼岸のことを『おしがん』なのか『おひがん』で争っているし、前橋のお話では、神社の絵馬に描かれた武者が『源義経』か『源頼朝』かで争っている。後は同じで、先生のところに白木綿を持っていって『ただ取り』されるんだ」
「へぇ。同じだね」
「もしかすると、昔の落語か何かに、落ちとしてお終いのしゃれの部分があって、それをアレンジして伝えたのかも知れないね」
「嫁と姑は仲良くしなくちゃいけないって、教えているんですね」
「そうだね。この話も、きっと元ネタがあって、それが、旅人の移動と伴に、太田に流れてきたお話だろうね」
明治43年生まれ太田鳥山の天笠弘祐さんの話:上毛文庫「群馬のおもしろばなし」著者:井田安雄氏より
太田の伝承と創作民話