群馬県桐生市梅田地区伝承より

上州両毛の創作民話

桐生市の伝承
河童とアメ玉

 津久原(現在の桐生市梅田町五丁目)に住む猟師の甚左エ門は、おかみさんをもらって三年も経つのに、子宝に恵まれず悩んでいたそうです。
 まわりの進めもあり、近くの産土さまにお願いをしようということになり、夫婦そろっての祈願日参を始めました。
 そのかいもあり、子宝を授かったのです。
 喜んだ甚左エ門は、産土さまに、こんどは、安産を祈願しての日参を始めました。
 そんなある日、社殿の前の陽だまりに、二人の神様が並んで座り、ヒソヒソと話をしているのを目撃してしまったのです。

「産土さんよぉ。どうしたい、元気がないねぇ」
 これは、この地域全体を司る根本の神様です。
「いやぁ、根本さん。困ったことになっておるのだよ」
「困ったこととはなんじゃ」
「根本さんも知っていると思うが、まじめな猟師の甚左のことよ。熱心に子供を欲しがり祈願をするので、願いをかなえてやったのじゃがぁ……」
「おうおう、甚左のう。わしも知っておる。良い若者じゃ。願いをかなえてやったのなら、困ることもないじゃろうに」
「それがのう。ちょっとした手違いがあってなぁ。甚左の手助けになるようにと、たくましい男になる子供を用意していたのじゃが、まちがって違った子を授けてしまったのじゃ」
「まちがったぁ。どんな子を授けたんじゃ」
「十三の誕生日に、川で命を奪われる運命の子だったんじゃ」
「十三までの命の子かぁ」
「あんなに願って授かった子が、十三で死んだ、そのときの甚左の悲しみを思うと、可哀そうでなぁ」
 この会話を、甚左エ門は立ち聞きしてしまったのです。

「まだ生まれていない、これから生きてゆく幼い命なのに、たった十三年の命が決まってしまっているなんて悲しすぎる。でもなぁ、神様の決めたことには逆らえない。このことは、おれだけの胸にしまって、だれにも言うまい」
 心に堅く誓った甚左エ門でした。

 やがて生まれた男の子は、そんな運命を背負っているなんてとても思えないほど、元気にすくすくと育って行ったのです。
 そしていよいよ、運命の日を迎えました。
「おとう。ともだちと桐生川に釣りにいってくる」
 それが、命を奪われに行くのだと知っている甚左エ門でしたが、
「神様には逆らえない、これが息子の運命なのだから」
 と、用意していた弁当と、桐生の町までわざわざ出かけ、買い求めておいた息子の好物のアメ玉を持たせ、笑顔で送り出したのだそうです。

 友達と釣りに興じる息子を岩陰から見ている男がいました。
 この男は、河童淵に住む河童が化けた男だったのです。この河童は死神の使いでした。死神からは、正午までに殺せと命じられていたのです。
 いつもなら、早めに弁当を食べた後に好物のアメ玉を食べてしまう息子だったのですが、この日は、面白いように魚が釣れ、弁当も、アメ玉も、食べるひまもありませんでした。アメ玉は、他の荷物と一緒に河原に置いたままだったのです。
 息子を殺そうと近づいた河童は、アメ玉が大好物でした。そっと近づいたとき、まず、アメ玉に目が行ってしまった河童は、
「お、うまそうなあめ玉じゃわい」
 ポイッと一粒、口に入れたました。
「なんと、これは旨いアメ玉だ」
 息子のこの世の別れにと、甚左エ門が、菓子屋に頼み、特別に作らせたアメ玉だったから、それはそれは良い味でした。
「それ、もう一つ」
 アメ玉のあまりの旨さに心を奪われた河童は、使命もわすれ、ただひたすらアメ玉を食べることに酔いしれてしまったのです。
「あ、しまった」
 すべてのアメ玉を食べ終わり、気が付いたときには、正午をはるかに過ぎてしまっていました。
「あぁ、死神さまに叱られるわい」
 しょんぼりとうなだれた河童は、甚左エ門の息子を殺すことなく、とぼとぼと帰って行きました。

「おとう、ただいま」
 まさか、息子が帰ってくるとは思ってもいなかった甚左エ門は、元気に帰宅した息子を見て驚きました。
「お、おまえ。川で、なにか、おかしなことはなかったか」
「おかしなことかぁ。ああ、有ったよ。おとうに貰ったアメ玉が無くなっていたんだ。そしてね、荷物の近くに河童の足跡があったんだよ」
 息子の答えを聞き、甚左エ門は事情を理解した、と、思いました。
 「息子を殺しに来た河童は、アメ玉と息子の命を交換してくれたんだ」
 翌日から、甚左エ門は、毎日アメ玉を河童淵に持って行き、河童に供えるようになったのです。
 本当は、河童のおかしたミスだったのですが、心優しい甚左エ門は、河童が、息子の命を救ってくれたと善意に解釈したのです。

 河童淵へのアメ玉のお供えは、甚左エ門が、たくさんの孫に囲まれ、幸せにその一生を終えたときまで続いたのだそうです。
 
(注)桐生の郷土史家「清水義男」氏の収集した伝承を元に、私が創った創作民話ですが、話の内容はオリジナルになるべく 沿った形にしました。